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【番外編】まごうことなきホワイトデー①
今日って景虎の誕生日だよね?
国枝に言われて初めてそれを知った時には、すでに3月14日の21時を回っていた。
仕事を終えて事務所を出る頃には、もうまともな店は閉まっていたし、そもそもまだ東京に来て間もない庄助は地理に疎く、決まった店やチェーンでしか買い物をロクにしない。
困り果てた庄助は、池袋の駅前の大型ディスカウントストアの店内をうろついては、眉間に深いシワを寄せていた。
ドンドンドン、ナントカホーテという、軽妙珍妙かつ、かすかに不愉快な店内の音楽に追い立てられ、気ばかり焦ってしまう。
先月のバレンタインデーに、景虎からプレゼントに洋服をもらった。
少し不本意ではあるが、そのお返しをしようと色々考えてはいた……ものの、当日になってもなかなかいい考えが浮かばず、とうとう事務所に居た国枝にアドバイスを求めた。
そこで庄助は、今日が景虎の誕生日であることを知った。そういうことははよ言えボケ、と景虎に対して苛立ったが、大人の男同士で『あのボクぅ……来月誕生日でェ……』などと教え合うことはあまりないだろうと思い直した。
ホワイトデーのお返しなんて、いざとなればコンビニで売っているようなお菓子でもいいだろうと考えていたけれど、誕生日も一緒となると、それだけでは寂しいだろうと思う。
しかし庄助は、本当は景虎が好きなものをあまり知らない。動物が好きだということくらいしか知らない。
とかく何事にも無感動な男だから、一緒に暮らしていてもリアクションが薄い。何をプレゼントしたらいいのかわからない。
カゲって何が好きなんですか? と国枝に聞くと、庄助でしょ? と鼻で笑われた。
その答えは期待していたものではないけれど、間違ってはいない。
たとえそれがキャンディ一粒であろうと、庄助が苦手だからと食べ残したトマトスライスであろうと、道に落ちている軍手であろうと。景虎はきっと、庄助から貰ったものなら何でも喜ぶ。
だからこそ逆に、あの無表情を感動で歪ませ、ジャブジャブ泣かせるくらいのプレゼントをしてみたい。ハッピーバースデー景虎くん、とか言って、可愛いデコレーションのケーキで盛大に祝って、その似合わなさに爆笑してみたい。
なのに、もう時間がない。
都会はこんなに賑やかで人も多くて、店もたくさん開いているのに、何一つ庄助が求めているような、これといったものは売っていないのだ。
猥雑かつ物だらけで狭い店内には、相変わらず奇妙な歌と女の声のアナウンスが交互にエンドレスで流れていて、頭がボーッとする。
大容量チーズフォンデュマシーンだの、流し素麺ウォータースライダーだの、ヒョウ柄健康サンダルだのを、おっええやんカゲこれ喜ぶかな? などと、平時は絶対に思わないのに手に取ってしまうなんて、まったくどうにかしている。
もしかしてこのBGMには、人間の正常な判断能力と知力を奪う作用があるのではないだろうか。
見習いの庄助の月収は小遣い程度なので、ブランド品を買うような金はない。
かといって例えば、ボトル入りのイカの珍味をプレゼントと言って買っていくのは、まるで小学生みたいな照れ隠し丸出しで、それもまた恥ずかしい。
だったらいっそ、プレゼントは俺♡ とか言って、ミニスカポリスのコスプレを着込み、普段やらないようなことをさせてやったほうがいいのかもしれない……いや、そんなわけないやろキショい。庄助は、おぞましい考えを一瞬でボツにした。
普通でええねん普通で。と、今度はアザラシの抱き枕を手に取ってみた。刺青がバリバリに入ったヤクザがこれを抱きしめて寝ている、そういったギャップの面白さはあるかもしれない。けれどそれだけの理由で買うのもな……でかいし邪魔やし。
と、もちもちとしたアザラシの、黒目がちな瞳をじっと見つめた後、庄助はやはりそれを売り場に戻した。
なんかええのないかなと、方向転換しようとして、身体を商品にぶつけてしまう。
メシ、エロ、動物。
そういった関連の商品が目に付くも、はたしてそれらのどれもが陳腐な気がする。
いよいよ考えが煮詰まってきた。
……とりあえず、ケーキ買うか。
庄助はため息をついた。
夜遅くでも開いているケーキ屋が、繁華街にはある。
勘違いしたオヤジが、キャバ嬢に差し入れとして持って行く小さくてカラフルなケーキ、もしくはホストの誕生日パーティー用の、華美なフルーツや花で彩られた法外な値段の大きなケーキ。
ケーキのデコレーションには、見るものを幸せにする夢やあたたかみが乗っているものだが、繁華街の夜職向けケーキには、ドロドロした真っ白い欲望がぶっかけられていそうで、微妙に美味くなさそうだ。
が、まあこの際仕方ない。
庄助は近くの開いているケーキ屋を調べるため、通路の隅に身体を寄せ、スマホを取り出した。
「わ」
肘が当たって、商品が落ちた。金属のネットに引っ掛けているフックごと落としてしまって、バサバサとメモ用紙のようなそれらが足元に落ちる。うわ最悪、と呟いてしゃがむと、庄助はそれらを拾い上げた。
『大切な人にオリジナルなんでも券。肩叩き券、ご飯おごる券など、あなただけのオリジナルチケットがすぐに作れちゃう! ワクワクをギフトにしちゃおう♪ かわいいデコシール付き』
一緒に落ちてしまった派手な色のポップに、煽り文句が大きく書かれている。
透明なビニールでパッケージされた、数枚綴りのチケット様の紙だ。
これに手書きで◯◯券、と書き込んで相手に渡すという、子供のジョークのようなグッズだ。こんなに目立つところに置いているということは、まあまあ売れているのだろうか。
庄助は、うわ〜これは……いちばんナイやつや。わざわざこんなん買ってチケットにするとか、ありえへん。と、ゾワゾワしながら商品を元に戻した。
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