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第二幕 8.義侠心モンスター①
「それで、そのクソ客がさ~。家で作ってきたとか言って、おにぎりを……タッパーに入れてラップで包んだやつだよ。それをプレイのあとに食べろって言うんだよ!? あたおかでしょ。ああいうおぢってモテなさすぎて距離感バグってんだよね」
オッサンの距離感がおかしいって話、ちょっと前にも聞いた気がすんなぁ。
庄助は、コーラの炭酸の刺激を喉に感じながら、こくこくと頷いて見せた。
正午を過ぎて、現在14時半。
向田の彼女であるヒカリと庄助は、何故か二人で新宿のファストフード店で向かい合っていた。
「ていうか、良かった。早坂さんが助けてくれて。クソ病んでたし、これ帰ったらOD確定だって思ってた。クスリ代もバカにならんのに、ほんと笑うしかないよね」
何がおかしいのか、ヒカリはケラケラと笑った。いわゆる地雷系メイクとファッションに身を包んだ彼女の、舌足らずな話し方は昨日と変わらないのに、打って変わって無邪気な印象を受ける。
身体を売ったその金を、向田にせびられてるとは思えない明るさだ。
「や、だってヒカリちゃん……普通に焦っとったから。さっきの、外人さんやったやんな?」
庄助の腹は減っていなかった。トレイの上のペーパーに、乱雑に散ったフライドポテトの、端っこのカリカリした部分を、時たま拾い上げて食べた。
「それね。最近エンヤス? じゃん。めちゃガイジンの客多いよ。店通してたらあたしも日本語でゴリ押しするけど、直接だとさすがに交渉できないよね。女買うの、日本語しゃべれるようになってからにしてほしいよね」
ヒカリはよく笑い、よく喋る。年齢は今年で21歳だというが、こうしていると年相応に思える。
涙袋の過剰なほどの白いハイライトがギラついている。その光が本物の涙にも見えて、庄助は『えっ泣いてる? いや違うか……』と、時折ヒヤヒヤした。
向田の電話を受け、せっかくの休みだと言うのにヒカリの手伝いとして駆り出された庄助は、真昼の大久保公園で、日本人とは違うアジアの男たち二人に話しかけられているヒカリの姿を見つけた。
フェンスを背に、韓国語だか中国語だかわからない言葉で交渉され、困惑した様子だった。
広い園内で、ぱっと目に止まったのが彼女だったのは僥倖だった。
庄助は、ノーメイクのヒカリの姿しか見ていなかったが、特徴的な手首のタトゥーを間違えるはずがなかった。それでも少し、ドキドキしながら話しかけたのだった。
「ヒカリちゃん?」
と恐る恐る横から声を掛けると、ヒカリは驚いた顔をしたがすぐに笑って、ボーイフレンド! と、庄助を指差して外国人たちに伝えてみせた。
男たちは嫌そうな顔で庄助を見たが、金髪にピアスという出で立ちの、いかにも柄が悪そうな青年に、関わりたくなさそうに立ち去ったのだった。
「早坂さん、救世主と書いてメシアと読むかと思った。ありがとうございます。しかもマックまでおごってもらって……あ、違うね、関西 だとマクドか」
ポテトをつまみ上げる彼女の指先には、ネイルは施されていなかった。しないのか、と庄助が聞くとヒカリは、不器用だからネイルひっかけて客のチンコをボロボロにしそうで怖い、と笑った。
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