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第二幕 8.義侠心モンスター③

「ネンジくんね、わたしがしょっちゅう泣いてるのを見て、いつも目が真っ赤でウサギみたいだって。泣き虫ウサギちゃんって。それで、ウサギのタトゥーを入れようって思ったんだ」  庄助はトレイの上の焦げたポテトを拾って口にいれると、黙って相槌を打った。ていうか、泣き虫ウサギちゃんて言い方キモいな……と思った。 「紹介してもらった彫師のお兄さんが死ぬほどイケメンでね……これからヒカリさんの涙は全部、このウサギが食べてくれるんだよって言ってくれて、彫る間ずっと手を握ってくれててぇ。めちゃドキドキした。結婚しよ……って思ったんだぁ」  ヒカリは、チーズバーガーを半分ほど残してペーパーの上に置くと、うっとりと自分の左の手首を撫で擦った。 「その話し方やと、お兄さんが運命の人みたいやんけ」  ツッコミを入れると、ヒカリはまた笑い出した。 「あははっ、そう。でもね、タトゥーのお金もネンジくん払ってくれてさ。気前良かったんだよね。楽しかったなァあの頃……早くお金貯めて、一緒に住みたいなぁ」  ヒカリは遠くを見て笑った。  向田のことを深く知っているわけではないから、実際のところはわからないが、彼女のことを大事に思っているなら、売春をさせたり乱暴なことはできないんじゃないだろうか。  一般的な感覚だとそうだと思うのだが、ヤクザは違うのだろうか。  庄助は眉間にシワを寄せた。騙されているのではないかと心配になる。 「早坂さん、色々ありがとうね」  ヒカリはまた深々と頭を下げた。礼儀正しそうなタイプではないのに、お礼や謝罪の時は思いの外きっちりとしているのが印象深い。 「俺、なんもしてないし」  バツが悪いのを誤魔化すために、庄助はコーラを啜った。炭酸が抜け始めたコーラと、紙ストローの相性はあまり良くなく、舌触りの悪さについ変な顔になる。 「……早坂さんがいい人すぎて、これからのこと考えると死にたくなってきたわ」 「なんやそれ……俺はいい人とちゃうで」 「ふふ。そうなんだ? そっかぁ……」  少し悲しそうに笑いながら、ヒカリは左の手で頬杖をついた。その手首に、鮮やかな水色のウサギのタトゥーが見える。  明るい昼の光の下で見ると、刺青が彫られている肌に、細い凹凸が幾筋も走っていて、それがリストカットの跡で、隠すために彫ったのだろうということがわかった。  それがいつできたものなのか庄助には知る由もないが、きっとたくさん傷ついてきて、現在進行系で傷ついているのだと思うと、切なくなった。 「なあ。俺になんか、できることない?」  庄助はとうとう言葉にしてしまった。

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