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第二幕 10.囚われの子猫と末法の姫君①

「こっち向いて、口閉じて」  顎に添えられるヒカリの指の優しさと柔らかさが、余計に辛かった。  唇の上を行ったり来たりするリップライナーの感触が気持ち悪くて、庄助の二の腕に鳥肌が立つ。 「肌キレーだね早坂さんて。目もおっきいし、鼻もツンってしてるし、口角も上がってる。化粧映えするよね」 「ぅう~……」  口を開くのも億劫だった。先ほど向田に蹴られて、痛めつけられた内臓がズキズキと痛かったし、何よりも目の前でニコニコと微笑む、ヒカリという人間が信じられなかった。  ファンデーションやリップティントを塗られた肌が、ねっとりと重く感じた。 「なぁっ……こんなん、おかしいって!」 「なんで? かわいいよ」 「女の服やん! 服っつーか下着やん!」 「男でも女でも、好きな服着ていいんだって」 「いや、こんなん好きとちゃうから!」  肌寒い。  庄助はなぜか今、寂れたビジネスホテルのダブルルームで、商売女が着るような布面積の極端に少ない黒いセクシーなランジェリーを着させられ、化粧を施されている。  ブラとショーツのいたるところにフリルがついていて、首元にはまるでペットの猫か犬のようにチョーカーがつけられ、飾りのピンクのサテンのリボンの真ん中には鈴まである。  屈辱だった。高校の頃、友達同士でふざけてやった女装でも、こんなひどい格好をしたことはなかった。  化粧をされるのが嫌で、後ずさるように逃げていたら壁際に追い詰められてしまった。  裸の尻が、土足前提の毛羽立ったカーペットに触れて不快だ。乳房がないので、だらしなくパカパカと開いてくるブラの部分から、胸が見えてしまうのを、庄助は必死に手で押さえている。  こんな格好をしているのをあいつが、景虎が見たら何と言うだろうか。  金色の前髪をヘアアイロンでくるくると巻かれながら、庄助はここにいない男のことを思った。  ヒカリがデートをしようと言ったから、向田にシメられる覚悟で庄助は付き合ったのだ。  なんの解決にもならなくても、気晴らしの手伝いくらいならできるかもと思った。  やましい気持ちは特になかった。ヒカリはギャル系が好きである庄助のタイプの女の子ではなかったし、なぜか今は特定の人間と、そういう仲になろうとは思えなかった。

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