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第二幕 12.プティ・シャノワールに愛の鞭を!⑩*

「庄助……好きだ」  そう言った景虎の熱い汗が、裸の背中に落ちてくる。  やっと拘束を解かれた腕は、同じ方にずっと曲げられていたため、痛くて痺れてあまり感覚がなかった。  身体を返して、しばらくぶりに景虎をまっすぐ見る。感覚のない震える指先で、裸の胸と刺青に触れた。ヤクザの刺青なんか時代遅れだと言う人間もいるけれど、庄助はそうは思わない。  景虎のそれを初めて見たとき単純に、美しいと思った。  そりゃ最初は憧れだけやった。  矢野の親父さんが言うみたいに、ヤクザという職業への憧れが俺を突き動かしてた。  ただ、かっこいい自分になりたい。  でももう、多分、それだけじゃない。  キスが降ってきてようやく、庄助は景虎の太い首に腕を回した。とろとろと尻から精液が溢れて、内股を伝う。  そこにまた景虎のものが入ってきて、庄助は歓喜とも苦痛ともつかない声を上げた。 「庄助……なあ、何度でも言う。ヤクザなんかロクなもんじゃない。だから」  朝にも聞いたようなワードを繰り返す唇に、庄助がかぷりと噛みついた。景虎の前髪に触れて掻き分け、黒くて長いまつ毛と、ほの昏い色の目を見る。 「今、そんなん言われても、猫やからわからんな。ふへへ……」  照れ隠しみたいに、へらへらと笑った。  こんなときくらいその話はやめてほしかった。こんなに、ふたりだけで裸になって、外の雨音がかすかに聞こえるくらいの夜なのに。 「……アホ猫。鼻血出てるぞ」  呆れたように、景虎が笑った。  鼻の穴に詰めていたティッシュがいつの間にか抜けていて、また赤い血が唇に滴った。  手で拭おうとしたのを景虎が阻んで、血液で濡れる唇にまたキスをされた。 「おまえなっ……はふ」  血ごと舐め取られる。  すごく変態みたいだけれど、景虎なら迷いなくやるだろう、こいつはそういう奴だと、庄助は諦めて目を閉じた。  触れ合っていると、身体の中も外もどろどろに溶けてゆく。  頭が痛い。血の味は不味いし、腹も手足も全部痛いのに、心地よさが何もかも飛び越えて上回ってしまう。  重くて甘い幸せを、ずっと味わっていたかった。  また、景虎に助けられてしまった。  ……いっぱい殴られたし怒られたけど、でも、それでも。  庄助はやっぱり、景虎を傍で見ているだけでは満足できないと思った。  だって、俺はヤクザじゃなくて、それ以上にカゲに憧れてしまってる。  こんなにひどいことされてるのに、気持ちよくてしあわせで、ドキドキするの、全然止まらん。  その確かな気持ちの輪郭だけが、多幸感でふやける庄助の頭の中で、唯一クリアだった。

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