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第三幕 二、レンタル天使と愉快な仲間たち⑤

「俺なぁ、ヒカリちゃんが向田と別れてよかったなあ思てるねん」 「早坂さん……!」  ポリ袋の口を縛っていたヒカリは顔を上げると目の色を変え、早口でまくしたてた。 「いやほんと、それなしかないんだが! あたし、あんな歯抜けジジイに何をメロついてたんだろって。恋は盲目にも程があるって、早坂さんが気づかせてくれたんです。ありがとうございます」  人聞きが悪い。向田の歯を抜いたのは国枝だ。あの時、一つ抜かれるたびに悶絶する向田を見て、歯を押したら口を閉じるワニのおもちゃを思い出した庄助は悲しくなったものだ。  半袖のパーカーに頭を押し込みながら、何か言い返そうと口を開きかけた。が、 「ほんとはあたし、早坂さんみたいな人を好きになれればよかったんだろうなあ」  不意にそう言われて、服を被ったまま庄助はぶっと吹き出した。 「えっえっえ……!?」 「あ、すみません! 変な意味じゃなくて、早坂さん優しいし、あたしイケオジ専なんで恋愛とかじゃないんですけど、えっと……そう! 同世代の自分を大事にしてくれる男の子と付き合うのが、やっぱいいよねホントは……的な? いやあたしは絶対にザイゼンさんくらいの年上しか無理なんですけど、一般的な価値観として」 「そんな必死に否定せんでも……」  すぽんとパーカーの首元から、庄助の悲しそうな顔が飛び出る。ヒカリはそれを見て、無邪気に笑った。 「や、だって早坂さんには情熱的な恋人さんがいるでしょ。そんな新鮮なキスマまみれにして、独占欲やばない?」  庄助は慌てて首元を押さえた。 「こ、コイビト!? 恋人では、ない……」 「じゃセフレ? あはは、こうやって襟をちゃんとしてたら見えないですよ。ね?」  フードを整えるように襟元を正された。これで大丈夫だと真正面でニコッと笑うヒカリは、まるで憑き物が落ちたようで可愛らしかった。  ますます、こんなあどけなさの残る女の子を食い物にしていた向田が許せなくなったが、喜色満面の国枝にペンチで抜歯される彼のことをまた思い出しては、背筋がうすら寒くなった。 「よかったらこのあとゴハンいきません? 今度はあたしが奢りますよ。オヤに泣きついて仕送り再開してもらったんで」 「そうなん? あ……いや、でも今日はやめとく。ちょっと、行きたいとこあって」 「ほんじゃ帰り道途中まで。あたしの方が東京歴長いし、なにせ関東人だし。近くまで送ります。電車ですか?」  ヒカリは得意げに鼻を鳴らして黒い革のバックパックを背負うと、ドアを開けて庄助に退室を促した。廊下に出ると今日の出演者や商業施設のスタッフなどが、各々まばらに帰り始めているところであった。 「んーん、電車じゃないねん。ここから歩いて、ドーゲンザカ? ってとこの友達の店に行く。ヒカリちゃんは?」 「あたしは電車乗ってからさらにバスなんで……お店の地図ってあります?」  庄助は廊下の隅に寄ると、スマホアプリで地図を開く。静流の店『シンギング・フィッシュ』は、ここから徒歩十三分の場所を示している。 「……はっ? これTANNの店じゃん」  画面を覗き込むなり、ヒカリは素っ頓狂な声を上げた。 「たん?」 「早坂さん友達って言いましたっけ? 盛ってます?」 「盛る? なんの話?」  意味がわからなくて、庄助は寝起きの文鳥のような顔で首を傾げた。 「いやTANNつったらこの前、バチェロッティにも出てたじゃん」 「バチ……なに? 誰が?」 「リアリティ恋愛番組ですけど、知らない? それにTANNって……あたしのこのタトゥー、彫ってくれた人なんですよ!?」  ヒカリは前のめりに、左の手首のウサギを見せつけてきた。よく見ると水色の被毛の中に、細かい水平な傷跡がいくつもある。リストカットの切り傷にハッチングを紛れ込ませて、巧みに分かりづらくしている。  庄助はまだヒカリの言うことを理解できず、満面にハテナマークを浮かべている。  なんでわかんないかな、と呆れたように言うと、ヒカリはスマホで何事かを検索して、一つのインタビュー記事を庄助の眼前に突きつけた。

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