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第三幕 四、ミミックは真夏に生まれた①
それは、夏休み直前の猛暑日だった。
偏差値を下から数えたほうが早いような、下の中の底辺高校に入学して三年目の期末、運動場で部活に精を出す連中を「こんな暑い日にアホや」と、庄助は鼻で嘲笑いながら学校をあとにした。
乗り込んだ電車は蒸し暑い弱冷車だし、返ってきた期末の結果は目を通すのも嫌なくらいの点数だし、散々だ。
制服の半袖シャツの中を汗が流れる。電車がトンネルに入ると、もたれかかったドアの窓ガラスに自分の顔がはっきりと映った。黒い髪が汗でへたれている。
第二次性徴を迎えて、一番大きく変わったことは声が低くなったくらいだ。丸くて幼さを感じる顎は、放っておいたらヒゲがまばらに生えてきてだらしがない。頑張って生やしたところで“子供が無理してる感”からは逃れられない。
庄助はもうすぐ十八になる。なのに見た目も精神もガキっぽい自分が、本当に嫌になるときがある。周りに置いていかれてばかりだ。
高三ともなれば、去年一昨年まで一緒に馬鹿をやってきた友達も、真面目に進路を決めている。
友達はみんな一様に嘘つきで裏切り者だった。進路なんて何も考えてないと言っていたのに、とりあえず大学や専門学校に行くだとか、企業にリファラル採用が決まっているだとか。本当に何も考えていなかったのは庄助だけだったことに、逆に驚かれてしまった。
大丈夫。高望みせんかったらどこでも働けるよ。
みんなはそう言って励ましてくれるけれど、庄助は理解できなかった。進学も就職もピンと来ないままに、卒業を迎える年齢になってしまったから。
大人になりたくない。働ける気がしない。
仲間同士でそう言って授業をサボった。繁華街に繰り出しては、他校の同じような連中やチンピラ崩れと諍いを起こす日々。
そんな日々を共有していたのに、いつの間にか誰しも現実との折り合いをつけてちゃっかり大人になっている。
彼らは本当に納得しているのか。
自由にできるのはせいぜい十代までだと、好きでもない仕事に就いたり、勉強が嫌いなのに大学に入ったり。人生はそういうものだと、簡単に諦めなんてつくのだろうか? まだ自由を謳歌したい庄助には、まったく理解できなかった。
電車を降りると夏の午後の暑さが、濡れタオルのようにべたりと纏わりついてきた。お乗り換えの方は、階段を下りて向かいのホーム三番、四番へ。アナウンスが熱気に滲んで多重に聞こえる。
駅ナカのコンビニでアイスと飲み物を買って、そこから徒歩五分程の一戸建てへ歩いてゆく。その間にもアイスは随分柔らかくなってしまう。
グレーのモルタル塗りの門柱に備え付けられたインターホンを押した。表札には楷書体で『萬城』と書かれている。
二階の出窓の下の小さな花壇には、背の高いマリーゴールドが咲いていて、鮮やかで濃いオレンジが目に煩いくらいだ。
しばらく経っても家の中から反応がない。もう一度インターホンを押そうかと戸惑っていると、ガレージのシャッターが開いた。
「庄助? いらっしゃい」
気だるげな声とともに、プラチナに近いブロンドがシャッターの下から覗いた。萬城家の長男、静流だった。
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