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第三幕 四、ミミックは真夏に生まれた②
「あっついな、今日。翔琉 、寝てると思うわ。熱出してる」
静流はそう言いながら、サンダル履きの足先でいま出てきたばかりのシャッターを、またピシャリと閉めてしまった。ヘアゴムを口に咥えて、後ろ手に長髪を持ち上げると、首の後ろに汗をかいた黒蠍のタトゥーが見えた。
静流は庭先の蛇口をひねって、ホースで手を洗い始めた。この暑い中、バイクでもいじっていたのかもしれない。シャッターの向こうには、彼らの父親の趣味のレトロカーと、静流のバイクが停まっているから。
「翔琉に漫画返しといてって、クラスのやつに言われたから。帰り道やし持ってきてん」
次男の萬城翔琉 は、庄助が幼稚園の頃からの親友だ。今日は彼が学校を発熱で休んだので、見舞いがてら家に寄ったのだが、寝込んでいるということは庄助が思ったより症状は重いのだろうか。
庄助は、使い古してボロボロのスクールバッグの中から、数冊のコミック本の入ったコンビニのビニール袋を取り出すと、手に提げたもう一つの袋とまとめて静流に差し出した。
「これ、翔琉に……」
水を止め、ゆるいシルエットのワイドパンツで手を拭くと、静流は庄助に向き直った。
「汗すご。ちょっとあがっていきーや」
まだ濡れている静流の指が、庄助の黒い前髪に触れる。庄助は静流の人懐っこい笑みが昔から好きだった。
すらりと長い首に、どこか女性的な甘い風貌の静流は、学年の三つ違う庄助の耳にも未だに噂が入ってくるくらい、女子に人気があった。
付き合ったけど数日で捨てられたとか、すごく歳上の女とホテルに入るのを見たとか、札付きの不良というわけではなかったが、静流はとにかく女性関係の悪い噂に事欠かなかった。
庄助は憧れていた。ちょっとワルくて金髪で、ピアスやタトゥーで着飾った大人っぽくてかっこいい静流に。
庄助が頷いた瞬間、つうっと一筋ホースから流れた水が、足元の乾いた白いアスファルトの色を変えた。
玄関を開けると、他人の家の匂いがした。靴を脱いで、バリアフリーの上がり框 に、靴下の足を乗せると、ひんやりとしていた。
庄助は一軒家に住んだことがなかったので、家の中に階段があるということが非常に新鮮だった。二階にある友達の部屋に、階段を使って上ってゆくのが小さい頃から嬉しかった。
コンビニで買ったものを一階の冷蔵庫に入れてもらった。誰もいない台所は、うっすらと荒れていた。そのまま二階に音を立てずに上って、静流の部屋に入る。
数年ぶりに入った静流の部屋は片付いていてものがほぼなく、そこらに段ボールの箱が積み重なっていた。
「ごめんな、ゴチャゴチャしとって。もう明日一緒に荷物も送ってまうから」
少し遅れて階下からやってきた静流に、冷えたペプシコーラのペットボトルを手渡された。
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