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第三幕 四、ミミックは真夏に生まれた④
「せや。庄助に、プレゼントあげる」
静流は、すぼめた口から細長い煙を吐き出すと、燃えている部分を灰皿の上で折るようにしてタバコを消した。折られた赤く燃える先端は、熱を移す場所もなくアルミの上で燻り、やがて役目を終えて静かに息を引き取る。
「プレゼント?」
静流はもう中身をほとんど片付けて軽くなったキャビネットの引き出しを開けると、未開封の小さな箱を取り出して、庄助の手に乗せた。
ちょっと待って、と片手でタバコを押し潰すように消すと、庄助は金色のリボンを解いてそれを開けた。
真っ白なクッション材のスポンジの上に、バーベル型のピアスが一つ乗っている。
緩くカーブしたシャフトが、サカナの腹のような銀色をぎらりと鈍く光らせる。他人からアクセサリーを貰うなんて初めてだ。庄助は驚いて、箱の中身と静流の顔を何度も交互に見た。
「これボディピ? 俺、穴開けてへん」
「オレのピアス、いつもかっこいいって言ってたやん。未使用やからそれ、一個あげる。いちおうプラチナやで」
静流は窓を閉めた。外の熱気が遮断され、エアコンの吹き出し口からの風が、寒いくらいに肌を冷やしてくる。
「庄助には、オレのこと忘れんとってほしいから」
家の外、向こうの道路で走る帰宅途中のランドセルの子供たちを見ながら言った。二つ向こうの角にはタバコ屋を兼ねた駄菓子屋があって、庄助はそこに小さい頃、毎日のように通っていた。中学に上がる頃にはいつの間にか取り壊されて、今は誰かの一軒家が建っている。
忘れないでと言われて柄にもなく込み上げるノスタルジーが、庄助の胸を絞る。取り残されるのは寂しいのに、寂しいとは言ってはいけない気がしていた。
遠くへ行ったとしてもスマホで繋がっていられる。けれど、気軽に会えなくなることは嫌だった。
「兄ちゃん……」
「あと、なんかあげられるものあるかな。服とかいる? 翔琉にだいぶあげたから、その中から……」
「兄ちゃん!」
庄助は、静流のシャツの裾を掴んだ。
どう伝えたらいいかわからなくて、じっと目を見る。ともすれば、恋をする乙女のように見えたかもしれない。気味悪がられたかもしれない。それでも暴発した銃のように感情の乗った言葉は飛び出して、もう二度と口の中に戻らなかった。
「それやったら、兄ちゃんがあけてーや。俺にピアス、あけて」
そこから先はあまり覚えていない。
ニードルを眉の下から通されているあいだじゅう、静流の手からタバコの匂いがずっとしていたこと。
突き破られる皮膚の、その痛みの甘美さに怯えたこと。
静流の服を掴んでいた手が、きつく握りしめすぎてしばらく開かなかったこと。
会えなくはなるけれど、なんだかまるで秘密を一つ共有したみたいで庄助は嬉しかった。
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