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第三幕 四、ミミックは真夏に生まれた⑥
「な……! これからや、これから! これからシノギを獲得して偉くなって、彼女いっぱい作る!」
「えー期待してるぅ。その金髪もふわふわで可愛い~! 黒髪もよかったけど、似合ってる。ブクロのレッサーパンダに改名するぅ?」
「あほか」
静流は声を上げて笑うと、庄助に背を向けてゴミを捨てにカウンターの向こうへ消えた。束ねた髪が揺らぐうなじに、サソリのタトゥーが見えた。
庄助は窓ガラスに映った自分の姿を見た。
本当は三度くらい脱色して、静流のような白に近い明るさにしたかったけれど、そっくりそのまま真似するのはいかにもという感じがして恥ずかしかった。
赤みの残った蜂蜜色の金髪は、今や庄助のトレードマークになった。思ったより維持するのが大変なのが難点だ。
前髪を指で整えていると、帰り支度を整えた静流が肩に触れた。夏らしいオフホワイトのキャップに革のサコッシュを斜めにかけて、いかにも準備万端というふうに庄助を見下ろしている。
「よ、お待たせ。何食いたい?」
「あ、えーと」
庄助は立ち上がった。カーペットのわずかな段差に、履きなれないスリッパの先が引っかかってよろめく。静流が咄嗟に庄助の身体を支えた。
「おわ、危な。大丈夫……」
ふと庄助のパーカーの隙間、フードで隠れた襟足のずっと下側が見える。本物の刺青のインクのように皮膚の下に忍び込んで滲んだ、赤い獣の噛み跡が現れたのを静流の目は見逃さなかった。
「ごめん、こけるとこやった」
庄助はそれに気づきもせずに、照れくさそうに身体を立て直すとフードの襟元を正した。
靴を履き替えて店の外に出ると、暑さが湿気ごと肌に絡みついてくる。冷風で乾いていた背中が、また思い出したかのように汗をかきはじめた。
「なあ、庄助」
鍵を閉めシャッターを下ろしながら、静流は振り向かずに言った。
「こうやってまた会えたんやし、昔みたいに、なんでも話してほしいって思ってる」
「ん……えっ、どうしたん急に」
静流はゆっくり立ち上がると、庄助を覗き込むように見下ろした。そしておもむろに庄助の手を取ると、指先から手のひらまで、何かを探すようにじっと見つめた。反対の手も同じように。
「なに……?」
ゆらりと白金の髪が光に透ける。薄い唇が紅を引いたように赤い。なんだかホラー映画に出てくる女幽霊みたいだと、庄助はぞっとした。
静流は手を離すと、念を押すように言った。
「なんかあったら言うてや。隠し事はナシやで、オレらの仲やろ」
「おう……わかった」
気圧されて頷く。いきなり何を言っているのだろうと思ったが、真剣な雰囲気を茶化せるほど、空気を読めないわけではなかった。
庄助が素直に返事をしたので、静流は相好を崩した。くしゃりと目尻を下げた表情。庄助はそれに弱い。昔から憧れている兄ちゃんが、自分と同じ目線で笑ってくれているような気がするから。
静流はずっと、庄助の身近な憧れだった。
地元では少しワルくて女の子にモテて、でも勉強もできて家が金持ちで、庄助にないものを持っているのに、こうしてずっと仲良くしてくれる。いい人だ。
憧れて、話し言葉やしぐさや見た目を真似した。ピアスを開けて金髪にして、東京に出て来て、この上まだタトゥーまで入れようとしている。全然似ていないのに。
まるで静流の出来の悪いパロディのようだと、庄助は自分で自分をそう思う。
「おけ。じゃあどこ行こ? なあオレ中華食いたい、庄助は?」
中華と聞いて、憎たらしい景虎の顔が浮かんだ。そういえばあいつ、俺の気も知らんと美味い飯食ってキレイなお姉さんと喋るんかよ。むかつくなあ。
静流と二人で近くのラーメン屋に入り、五年ぶりに思い出話に花を咲かせて楽しかったものの、庄助の心はどこか胡乱だった。久々に静流と一緒にいるのに、どういうわけか景虎のことばかり考えてしまっていた。
カゲが帰ってきたら、一回めっちゃ怒ったろ。
しかし庄助の期待をよそに、その日景虎は帰ってこなかった。
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