196 / 381
第三幕 五、化け物どもの宴①
「おう、手筈通りに。景虎とそっち行くからよ」
助手席で電話をしながら、義理の父は眠そうにしている。酒を好みよく飲むからか、はたまた血糖値が急激に上がるのか、食事の後はすぐに寝てしまう。矢野は昔からそうだった。
作業車は夜の国道を滑るように進む。日曜の夜ということもあり、道はほどよく空いている。夏の夜の熱に滲む空に、小さく星が見えた。
「なァ景虎、お前あのー、運転中ちゃんとアレしてンのかアレ」
通話を終了した矢野が、瞼をこすりながら運転席の景虎に話しかけた。
「アレとは何でしょうか」
「ほらあの、フリー……? レーズン……? なんとか」
「ハンズフリーならちゃんとやってますが」
矢野は横文字が苦手だ。景虎をはじめ、長く付き合っている組のものはなんとなく彼の言いたいことがわかるので、もういちいちツッコミを入れたりしない。
「そうそれ。シートベルトきっちり締めて、電話が鳴っても両手はハンドル。くだらんことでサツに目ェつけられんのが一番アホらしいからよ。今はヤクザもお行儀よく、だ」
靴下の足をダッシュボードに載せて欠伸をするお行儀の悪い義父を、景虎はちらりと横目で見遣る。スーツの腹の部分が余っている。また痩せたのだろうか。
波の音が聞こえる。
夜の海をバックにこちらに手を振っている真っ黒なシルエットがある。
倉庫の脇に車を横付けすると、景虎はバックドアを開けた。重い荷物か何かを扱うように引きずり出した人間から、熱気と血の匂いがのぼってくる。
「お疲れ様でした」
建物の影に隠れるようにして待っていた国枝が、矢野に向かって頭を下げた。彼にしては珍しく、ラフなTシャツ姿だ。いかにも家から出てきたばかりという感じがする。
「遅くにごめんなァ。もうちょっとはやくに来たかったんだけど、案外ふん縛るのに手間どってな」
矢野は肩をすくめた。拘束に手間取ったのは間違いないが、矢野に刺された手が痛かったからだと景虎は言いたかった。
硬いコンクリートの地面に転がされた男は、辺りの景色を目玉だけで見回す。スーツのズボンの太腿に、二発の銃創が見えた。自分のこれからの運命を想像したのだろうか、暴れるでもなくじっとして、貼り付けられた布テープの下で汗をかいて唸っている。
「若そうだね。殺し屋かな?」
国枝は足先で男を小突いた。背は高くないががっしりとした、景虎と同じく二十代後半といった感じの男だ。
「どうでしょう。不意打ちだったとはいえ久原さんに怪我を負わせたので、そこらで雇ったバイトとかではないかと」
「ふ~ん。まあま、そのへんは本人に聞いてみようか。ところで……」
暗い海の蒼い光が、国枝の目と頬に反射する。
「詳しく話してくれるんですよね?」
そう言われて矢野はにこりと笑うと、景虎の背中を突いて話すよう促した。
ともだちにシェアしよう!

