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第三幕 五、化け物どもの宴②
矢野と景虎、久原とニヘイというボディガードの四名は、関内の高級クラブで落ち合った。店の名前は『Ma chérie 』という。
VIPルームに案内された一行は、乾杯もそこそこに切り出される久原の言葉を聞いていた。
「どうして、今頃になって川濱の若頭がブタ箱に行ったと思う?」
ジッポライターが鈍い黄金色に煌めいて火を吹くと、久原のショートタイプのコイーバが燻った。豪奢だが薄暗い部屋の中には、四人以外誰もいない。
「部下に民事介入暴力 の指示したのを、別の派閥にチンコロされたって聞いたけどなァ、儂は」
「川濱は組長こそ傀儡だが、若頭は穏健派とはいえやり手だ。そんなしょっぱいヘマやるとは思えねえがな……なぁ、そう思わんか? “織原の虎”」
ニヤリと笑って、景虎をちらりと見た久原の眼光は鋭い。矢野が普段はひょうきんな老人を演じているのに対し、久原は常時ナメられないように気を張っている、というのが景虎のイメージだ。
「すみません。俺は、親父の言うことに従っているだけなので……そういうことはさっぱり」
「……まったく優秀な兵隊だな」
正直な景虎の言葉に、久原は肩をすくめた。ニヘイという強面のボディガードは、はやくも空いてしまった久原のロックグラスを持ち上げると、おしぼりで霜を拭き取りバーボンを注いだ。
「お前、少し前に川濱の若いのに殴られただろ。二人連れで、片方がプロレスラーみたいに大きい」
久原は景虎の顔を見た。
蒸 した煙は独特の甘い匂いがする。部屋の隅の暗がりへのぼりつめて、静かに霧散してゆく白い煙を、景虎は目で追っていた。
「……あぁ。国枝さんに言われて、工事現場に嫌がらせをしている奴らをサバいた時ですね」
忘れもしない。庄助が東京に来て間もない頃、初めて抱いた日のことだ。景虎は頷いた。
「あのデカブツはイクラと言って、小さな興行プロレス上がりなんだが……上の指示は聞かねえわ、女ならガキでも婆さんでも平気で犯すわで、川濱でも持て余してたらしい。それがこの数ヶ月で、次の若頭補佐 の有力候補だぜ。妙だろ」
豚なのにイクラとは面白い。庄助に挑発されて顔を真っ赤にしていた男の姿を思い出した。
「……これは俺の極道としての勘だが。若頭を失った今の川濱の意識は、どうも織原を向いてる気がするんだよ。内部が分裂してるってのに、まとめるのに必死というわけでもなく、こっちを潰そうと躍起になってる」
「へェ、そうかい? ウチは小さな三次団体だぜ。こんな猿山を意識してるようじゃあ、テッペンは取れませんよってなァ……で、久原。お前の当たるかもわからねえ勘の話をしにきたわけじゃねェだろ。本題に入ってくれ」
弱い老人のふりをして咳き込んでいた矢野が、やんわりとだが強い口調で言うと、久原は白髪交じりの眉を上げた。
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