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第三幕 五、化け物どもの宴③

「川濱と繋がりのある外若(そとわか)が、俺らのシマでこっそり商売初めてんのは知ってるだろ」  外若とは、暴力団の正式な構成員ではなく、それに準じる行為をする準構成員やトクリュウなど外様の人間のことを指す。矢野は眉毛を一つピクリと動かすと、グラスの中の氷を指先でくるくると掻き回しながら答えた。 「ああ。知ってる」 「矢野さんともあろうお方が、芋引いてるとは思えねえが……このままだと俺らの代紋だけでなく、本家にまで泥塗られんのはわかるだろ」 「ははァ、慎重派のお前がどうした。死期が近いからって、爪痕残したくて焦ってンのか? ……何も手をこまねいてるわけじゃねェさ。その逆、儂は許せねェのよ」  景虎は矢野を見てゾッとした。伏せた瞼のその中の黒い目は、何もない部屋の暗がりの先を、挑むように()めている。 「ウチのシマじゃ“クスリ”だけは、売るのも使うのも法度中の法度だ。今は泳がせて本体を叩く、完膚なきまでにだ」  五月の連休明けくらいから、織原のシマの風俗嬢の間で違法薬物が流行し始めた。嬢に薬を渡していた一人のホストが口を割ったことで、その出処に川濱組が浮上したのだ。 「……だったら本題だ。その本体に繋がるかわからんが、手がかりを持ってきた」  久原の言葉を聞くが早いか、ニヘイはソファの脇に置いていたビジネスバッグから、古めかしい分厚めのアイパッドを取り出した。  ニヘイは何らかの写真を表示させ、景虎と矢野に手渡した。キャミソールを着た若い女のバストアップの写真だった。胸元に、舌を出した唇のデザインのタトゥーが入っている。 「ウチの系列の店で働いてた女だ。どっかのバカが死なせた挙げ句、雑にそこらの山に捨てたからニュースにもなってる」 「若そうですね」 「十九だそうだ」  久原は煙とともにそう吐き捨てた。 「その女の生い立ちやら来歴やらを、こっちで詳しく調べたんだが……次見てくれ」  言われて、景虎が画面をスライドしようと指を伸ばした時だ。ふと、影が被さったように視界が暗くなって顔を上げた。VIPルームのドアには、中が見えないようにチェッカーガラスが貼ってある。そこにいつの間にか、水色の着物の女のシルエットが映っていた。 「アイス、新しいのお持ちしました」  落ち着いた大人の女性の声だ。着物からして先ほど挨拶をしたこの店、『Ma chérie』のママだろう。  ドアに近いニヘイは景虎を手で制し、溶けた氷の入ったアイスペールを持つと立ち上がってドアを薄く開けた。 「ママさん、今ちょっと込み入った話をしてるんだ。こっちが内線で呼ぶまで―」  ナッツが熱で弾けるような乾いた音の後、ニヘイの持っていたアイスペールが地面に落ちた。  大きな身体がぐらりと揺らいで崩れ落ちるより早く、景虎は重い一枚板のテーブルを蹴り上げて倒し、矢野と久原をその陰に引っ張り込んだ。出し抜けに何発か、銃弾が床や壁を掠めた。

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