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第三幕 五、化け物どもの宴④
悲鳴を上げる店のママの肩越し、ぬうと突き出た男のスーツの腕には、サイレンサー付きの銃が握られていた。景虎はスーツの胸に手を突っ込んで、安全装置を解除しながら銃を取り出す。
ニヘイは銃弾が貫通したと思しき首の後ろから血を噴出させて、どんどん広がる血溜まりの中で痙攣している。護衛は防弾防刃ベストを身につけているものの、服の外に出ている部分はノーガードだ。
撃たないでッ! 景虎が構えたマカロフを見て、ママはヒステリックに叫んだ。彼女を盾に銃を構える男の顔はろくに見えない。
しかし景虎が何の迷いもなく発砲したので、向こうの男は幾分か慌てたようだった。女を盾にしたのに、そのことに躊躇う一瞬の間もないのだ。
銃を握る男の手を狙った。景虎は銃撃に慣れておらず、自信がない。普段持ち歩いていないものを、急にうまく使えるはずがない。しかし幸運なことに、初撃で相手の手の小指球 をママの右耳ごと吹き飛ばすことができた。
小指の下の肉と骨を丸ごとなくした手は、銃を撃つどころではない。男はすぐに銃を取り落とした。古い中国製のトカレフ、いわゆる銀ダラだった。
耳を押さえて絶句するママの着物、ピンクの薊 の柄の上に鮮血が滴る。火薬の匂いが立つ中を、景虎はマカロフを片手に男に近づいてゆく。景虎と同年代か少し上程度の年齢の、がっしりした短髪の男だ。もう動かないニヘイの身体を血溜まりごと踏み越えて、腰を抜かす男の前にしゃがみ込んだ。
「クソ、お前が……っ! 織原の虎か!」
「銃はあまり扱ったことがないんだ。二発目の充填はどうするんだ?」
ごそごそと銃の背中をいじって、偶然チェンバーに弾が移動した音を聞くと、景虎は男の太腿に銃口をくっつけた。
「ひ……」
男の耳には黒いインカムがついている。ここにいない仲間とやり取りをするためだろう。
「仲間は助けに来そうか?」
「うわああっ!!」
質問しながら引き金を引くと、男は悲鳴を上げた。弾は大腿の筋肉を突き破り回転し、骨を掠めながら横断したのち硬い床に鉛の首をめり込ませた。サイレンサー付きと言えど、思ったよりうるさいものだと景虎は思った。
「ヤクザが四人いる場所に、銃を持っているとは言え、たった一人を寄越すような仲間だ。……誰も来ないんじゃないのか?」
「おぐ……っ! な、舐めやがって……」
「純粋な疑問なんだが、本当に殺したいなら、酒や飯に毒を混ぜたりしたほうがよさそうじゃないか? ちゃんと殺す気あるのか?」
スライドを引いてもう一撃、今度は反対側の足に撃ち込む。まともに骨に当たったのか、景虎の手にも大きな反動が返ってきて痛みが走った。
泣きわめく男とうずくまるママの背中を見て、景虎は早く帰りたくて仕方がなくなった。
ここにいない庄助の、あのウォンバットみたいに完全に油断しきった、愛らしい寝顔が見たくてたまらなかったのだ。
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