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第三幕 五、化け物どもの宴⑤
「なるほどね、だいたいわかったよ。あ、ちょっと景虎そっちの足にコレ巻いて」
国枝は男を椅子に座らせ、四肢を針金でぐるぐる巻きに固定している。疲れたという顔をして汗をぬぐうと、使っていた針金の束を景虎の方に投げてよこした。
倉庫の中は、悲鳴や匂いが漏れないように締め切られていて、酷く蒸す。埠頭の廃倉庫内に、くぐもった悲鳴が小さく響いていた。
矢野に大きな怪我はなかったが、久原は現在横浜市内の病院で緊急手術をしているという。流れ弾が防弾ベストの胸骨に当たり、砕けた骨の破片が肺を傷つけているらしい。
「んで、そのデータの入ったアイパッドは?」
「銃の弾が当たって破損してますね。持ってきてはいますが」
「は〜、まあそのへんはザイゼンさんにやってもらうかぁ。まったく、ドンパチがあったってのに、矢野さんは呑気なもんだよね」
力仕事は若いやつの専門だ、ジジイは夜眠いもんだからな。そう言って矢野は今、車の中でいびきをかいている。
手の指や足に巻きつけた針金の先を、男の前方へと伸ばしていく。座らされた椅子は重い木製で、ちょっとやそっと暴れても倒れない。長く伸びた針金の束の先をつまむと、鉤爪のようにぐにゃりと曲げた。
「近いうちに、戦争になるかもねえ」
ため息混じりの声に、景虎は顔を上げた。小さな蛍光灯一つだけが灯った倉庫内は暗く、国枝の表情は伺い知れない。
「俺が、親父や国枝さんの盾になります」
「あらそう? そんなこと言っていいの? 庄助が泣くでしょ」
足元に置いたカセットコンロの五徳の部分に曲がった針金の先を引っ掛けると、縛られた男が何かを察して呻いた。
「庄助が? あいつは俺のことなんて嫌いだって言ってましたし……」
「ええ……? なにそれ、じゃあお前ってどういうつもりで庄助に好きとか言ってんの?」
「どういうつもりとは? 特に何も考えていないですが……」
「わ、なんだろ……最悪、キモい、引く。なんか蛙化しちゃった吐きそう」
あまりに酷い言われように、景虎は眉をしかめた。
確かにいつも好きだとか愛してるという気持ちは伝えているが、庄助は一向に何も言わない。だから、自分にだけ向けられる特別な好意の存在を意識していなかった。
そんなものはあるはずがないと、景虎は思っていたのだ。
「庄助は俺のこと、少しはその……思ってくれているでしょうか?」
景虎が珍しく頬を赤らめたのを見て、国枝は驚いた。恋の炎がぱっと点火する音を聞いた気がした。
「そんなの知らないよ」
「そう、ですよね……すみません」
「というか、庄助はツンデレなんじゃないの。誰にでもいい顔するのに、逆に景虎にだけしないもんね。この前の……なんだっけ、萬城くん? あの子にも懐いてるけど、ちょっと違うっていうか。うまく言えないけどさ」
「……あの刺青屋の話はやめてください。イライラします」
「あは、景虎のその顔おもしろ! ね、ちょっと灼けるよねえ」
国枝はなぜか恋バナに花を咲かせる女子高生のようにはしゃいでいる。足元の青い炎が、景虎と国枝の目の奥で揺れた。
倉庫の中に焦げた肉の匂いが充満して、男が布テープの隙間から泡を吹く。テープを剥がさないと喋れないことに二人が気づいたのは、男が失禁してからだった。
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