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第三幕 六、猿山に風雲急①

 人間っていうのは、無意識にトラウマの再演をしてしまうんですね。  寝落ちする寸前に見ていた切り抜き動画の中で誰かがそんなことを言っていて、庄助は眠気に溶ける瞼と脳みその曖昧な狭間に聞いたその言葉だけを、寝ている間も反芻していた。  小さい頃の、父親と母親が喧嘩をしている夢を見る。  幼稚園の時だか小学生の時だか、ちゃんと憶えていない。  庄助は、母親に向かって怒って大きな声を出した父親の前に立ち塞がって「パパ嫌い。どっかいって」と叫んでいた。  その次の日から、父親は帰ってこなくなった。  本当に父親のことが嫌いなわけじゃなかった。うまく伝える言葉と術を知らなかったのだ。  母親は、庄助のせいじゃないと何度も言っていたが、庄助が寝静まった夜にこっそり泣いていた。  畳の部屋に敷いた布団の中で、襖の向こうの母親の、堪え切れない泣き声を聞いている。目を閉じて布団を被って柔らかな暗闇に身を委ねて、そこでいつも夢から覚める。 「けほ、っ……」  昔からたまに見る嫌な夢で、庄助は咳き込みながら目覚めた。唾液が気管に入り込んで、ひどくむせる。  涙目になりながらソファベッドの上で体を起こし、カーテンの隙間から朝の光が差し込むワンルームを見渡す。やはり景虎はいなかった。  けたたましく鳴くスマホのアラームを停止して、 「……カゲ?」  と呼んでみる。当然のように返事はなかった。Tシャツの胸元といわず背中といわず、びっしょりと汗で濡れている。エアコンのタイマーの設定を間違えたのだろうか、寝ている途中で切れてしまったようだ。庄助は、汗のしたたる頭をブンブンと振った。  こんなクソ暑いから、変な夢見んねん。  身体にまとわりつくタオルケットを蹴り飛ばして、庄助は立ち上がる。のしのしとキッチンまで行って、冷えたミネラルウォーターのボトルを一気に飲み干した。  ただただ不愉快なだけのクソみたいな夢のせいで、起きた途端に疲労感に苛まれるのは納得いかなかった。  景虎が日をまたぐ仕事をしたり、早朝庄助が寝ている間に仕事に発つことはままあるが、連絡もよこさないことは初めてだった。  嫌いだと言ったのを、怒っているのだろうか? いや、それより何か良くないことに巻き込まれたのでは。  庄助は色んな可能性を一瞬のうちに想像した。  しかし景虎は大人だ。一晩帰ってこないくらいで過剰に心配する筋合いはないと、正体のわからない不安な気持ちを押さえつける。  歯を磨きながら昨日景虎に送ったメッセージを確認したが、既読はついていなかった。

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