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第三幕 六、猿山に風雲急②

 インターホンが鳴ったので景虎かと思って玄関まで走ったが、宅配便だった。庄助の母親から送られてきた段ボールには、お菓子やレトルト食品の他に、庄助の実家にあった細々した品物が入っている。  庄助はそれらをクローゼットに押し込むと軽くシャワーを浴び、準備を済ませて玄関のドアを開けた。  朝のうちから昼と差異なく暑い日本の夏も、いつからかもはや毎年の恒例となっている。  ラッコのキーホルダーのついた鍵で施錠して、いつものように仕事場へ向かう。安アパートの縞鋼板の階段の熱が、偽物のクロックスの裏のゴムをじりじりと焼いてくる。  モヤつく気持ちを誤魔化すように足早に歩いたせいで、事務所に着く頃にはシャワーを浴びた意味がないくらいに汗だくになっていた。 「おう、なんだ庄助か。ヒカリちゃんじゃないのかよ」  事務所の朝の掃除をしていると、見るからに柄の悪い角刈りの男が入ってきては、少し残念そうな声を出した。トキタというヤクザだ。三十路前で、野球賭博のハンデ師をやっている。 「トキタさん、おはようございます」  庄助は掃除機を立てかけると、頭を下げた。 「昨日、バッセンで二回ゲームやったんだけど肩痛ってえわ。歳とるってやべえな」 「トキタさんまだ二十代やないですか」  ぐるぐると肩を回す元高校球児トキタの腕には、根性焼きの痕がいくつもある。国枝の事務所には、ヤクザといえど比較的話の分かる組員が多いが、トキタだけは見た目も態度もやたらチンピラ然としている。怒りのスイッチがどこにあるかわからない、扱いに困るタイプだ。 「あ、そうそう。国枝さんは今日別件だって。ここには来ないってよ」 「え……そうなんですか? どこに行ったんですか?」 「そこまでは知らねえ。俺ら下っ端にいちいち言わんだろ」  嫌な予感がした。国枝まで来ないとなると、いよいよ何かあったのかと勘繰ってしまう。一人で抱えていることが難しくて、庄助はとうとうトキタ相手に不安を吐露した。 「あの……実は、カゲが昨日帰ってきてなくて」 「景虎? 連絡は?」 「電話はしてないんですけど、既読ついてなくて……なんかあったんかなって」  しょんぼりと下を向く庄助に、トキタは少し考えてから、 「親父さんたちとクラブ行ったんだろ? だったら女だわ。アフター行って一発ヤッて寝てるんだろ」  と笑った。あろうことか、指で作った円の中に、もう片方の人差し指をずっぽりと入れて見せた。デリカシーもクソもない、その分悪気もなく無垢な、子供の恐竜のような笑顔だった。

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