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第三幕 六、猿山に風雲急③

「ヤ……!?」  景虎がそんなことするわけないだろ。と言いたかったが、少し考えればあり得ない話ではないとも思った。  景虎は変態だが、根っからのゲイというわけではない。ムカつくから詳しくは聞いていないが、庄助と会うまでは行きずりの女をたまに抱いていたらしい。  であれば、気が合う女がいたらそっちに行ってしまっても何ら不思議ではない。それに、何度も嫌いと言った庄助に対していい加減愛想が尽きたのかもしれない。  今更それに気づいて、庄助は頭を殴られたような気分になった。 「羨ましいな~イケメンは」  呑気に笑うトキタに腹が立つ。まるで切り取り線のような途切れ途切れの薄い眉毛を、残らず全部引きちぎってやりたいと思った。完全に八つ当たりだ。  無神経なトキタと二人で事務所に居るのはあまり気が進まないので、庄助は作業車に荷物を積み込むと、早めに配送に出た。  今日はいつものデイサービス『がるがんちゅあ』に、ウォーターサーバーの替えのボトルなどを運ぶ日だった。ハンドルを握りながら、庄助はトキタの言葉を反芻する。  クラブ行ったんだろ? だったら女だわ。  実際そうかもしれない。  多様性を尊重する時代とはいえ、未だに庄助と景虎の仲が道ならぬものであることに間違いはない。極道のような、昔の気質の多い人間ばかりの世界では特に。  強くて美形で組長付という役職もある景虎に比べて、自分はあまりにもなにもない。金もないしバカだし、男だし意地っ張りで口も悪い。  他の人間と関係を持つなという約束もなければ、ましてや二人は恋人でもない。景虎は浮気なんてしないものだと、今までどうして勝手に思い込んでいたのだろう?  バカで能天気なだけが取り柄なくせに、思考が負のスパイラルに突入してしまう。  駐車場に停めた車の中、庄助はハンドルに突っ伏してしばらく動けなかった。  もう一度スマホのメッセージを確認したが、やはり既読にはなっていなかった。  腹が立った。好きとか愛してるとか言ってめちゃくちゃにするくせに、返信ひとつもできんのか。うそつき。 『連絡してこいアホ。もう帰ってこんでええからな』  とうとう我慢できず、怒りと悲しみをめいっぱい込めた一文とそっぽを向くカワウソのワウちゃんのスタンプを送った。  庄助はまたこうして、知らずにトラウマの再演をしてしまうのだ。

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