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第三幕 六、猿山に風雲急⑤
カサイは、この近くで児童養護施設を運営しているらしい。
八月になったら『がるがんちゅあ』のレクリエーションホールを使って、老人と子どもたちの共同の小規模な夏祭りをやる予定らしい。今日はその打ち合わせに来ていたそうだ。
挨拶もそこそこに足早に去っていったカサイの背中が小さくなるのを見つめて、アリマたちはまた少女のように密やかに顔を見合わせて笑い合った。
確かにイケオジ……イケオジイやけども。こんなばーちゃんになっても、人って恋したり憧れたりするんやなぁ。
バタークッキーをかじりながら、庄助はわあわあと騒ぐ彼女たちを横目で見た。『がるがんちゅあ』の男性アイドルの座をカサイに奪われたようで、ちょっとだけ寂しい。
ふと、セミの鳴き声が途切れて、すっかり存在を忘れ去られていたテレビの音声が耳に入ってくる。
「……の遺体が栃木県の山中で見つかった件について、警察はこれを薬物による中毒死と見て捜査を進めています。被害者の女性は売人とSNSで知り合った後、メッセージアプリを使って連絡を取っていたと見られ……」
痛ましい内容を読み上げるアナウンサーの声をバックに、女が友達と楽しげに踊る動画が流れた。動画サイトにアップしていたのであろう加工された顔はあどけなく、庄助よりも若そうで未成年にも見える。
「こういった犯罪の根っこには暴力団がいますから……今話題のトクリュウとか闇バイトにしたって、今日明日いきなり薬物を買い付けて販売できるわけじゃないでしょう。必ず元締めがいるんです。だからやはりね、根気強く悪に対してノーと言い続ける。我々大人ができることをしっかりと……」
恰幅のいいコメンテーターが、唾を飛ばしながら熱っぽく語っている。
犯罪の根っこ。庄助はそう言われてなぜかムッとしてしまう。
自分たちは悪の組織だ。間違ってはいないのに、内部にいるとわからなくなる。本当に悪いこととはなんなのかが。
誰かを苦しめたくてヤクザになった人間よりも、家庭環境や知能の問題でそうならざるを得なかった人間のほうが多いと、庄助はこの世界に足を踏み入れてしみじみと感じている。
だからといって自分たちのやっていることが許されるわけはない。殺された女性より暴力団である自分たちが正しいと肩入れするなど、あってはならないことだ。
しかし景虎や国枝たちはただ粛々と、生きるために誰かを踏み躙ることを決めて受け入れ、それに対する言い訳をしない。今まで己がやってきた悪事がその身に返って来るとしたら、それに甘んじるだろう。
彼らの持つそういった残酷さと物悲しさ、精神性に、庄助は愚かにも惹かれているのだ。
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