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第三幕 六、猿山に風雲急⑥

 『がるがんちゅあ』への納品を終えて外に出ると、昼を過ぎていた。  景虎からの連絡はまだない。せめてメッセージが既読になっているか確かめようとしたが、それをちまちま確認している自分が女々しくて嫌になりそうだった。庄助は鼻息荒くスマホをポケットにねじ込むと、作業車を停めたコインパーキングに戻った。 「あれ……」  運転席のドアに手をかけて異変に気づいた。右前輪のタイヤがべっこりと力なくへしゃげている。どうやらパンクしているようだ。  熱いアスファルトにハーフパンツの膝をついて、庄助はタイヤを調べた。トレッドパターンの隙間に銀色の丸釘が二本、根元まで挿入されている。 「うそやん、誰が……」  諸々の作業をしておやつを食べる時間も含め二時間近くは滞在していたものの、イタズラで釘を打ち込むくらいなら数分と経たずできるだろう。  ドライブレコーダーは付いているが、エンジンを切っている間は作動しない。犯人に対する怒りよりも、国枝に叱られることの恐れのほうが強かった。  空いていて駐車しやすいからと、いつも庄助が好んで停めている駐車場の周りは、人通りが極端に少ない。居たとしても昼間から酔っ払って寝ている、住所が決まっていなさそうなおじさんばかりだ。そんなふうに表通りから二本ほど外れた、治安がちょっと悪いパーキングに停めたせいかもしれない。  真昼の太陽は、焦る庄助を容赦なく射抜いてくる。インナーに着ている薄手のタンクトップの色が、汗で濃く変わった。  とりあえずロードサービスか何かに電話して、犯人探しはその後にしよう。  庄助は日差しを避けるように、路地の日陰に入った。ネットでカートラブルの専門業者を検索していると、見知らぬ男が声をかけてきた。 「オニイサンあの車の持ち主?」  そう声をかけてきたのは、背の高い|辮髪《べんぱつ》の男と、長いマッシュウルフの前髪に、青いメッシュの入った男の二人連れだった。  あまりに胡散臭すぎる見た目に庄助が目を|眇《すが》めると、辮髪の方がにっこりと笑った。  庄助はじりじりと距離を取った。背後には建物と建物の間の、狭い道が続いている。 「それやった犯人のこと教えてあげてもいいヨ。ついでに……遠藤景虎の居場所も」  辮髪の男が吸っていたタバコを地面に落として、スニーカーで踏みつける。  嗅いだことのない薬品のような不思議な匂いがした。

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