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第三幕 七、脳まで愛して①

 二人組に景虎の名前を出されて、庄助は大いに狼狽えた。彼らは景虎の居場所を知っているという。  もちろん、見えている罠にわざと飛び込んででも、庄助は景虎に会いたかった。けれど同時に恐ろしかった。人のことは言えないが、どう見てもこいつらはロクな人間じゃなさそうだ。 「カゲは、どこにおるん……?」  警戒を隠さずに聞いた庄助に、青メッシュの男が言った。 「お兄さん、遠藤さんといつも一緒にいる子でしょ? 俺らと来てくれたら教えてあげるよ」 「……お前らなんなん、誰なん」  後ろに引いた右足が、どこかの店ののぼりを立てておく重石に当たった。その隙に青メッシュはぐっと顔を近づけてきた。前髪の隙間から小さな目が、値踏みするように庄助を覗いている。 「大人しく俺らの車に乗ってくれたら、痛いことしないよ。わかるでしょ、お兄さんもヤクザの世界見てるなら」  青メッシュが馴れ馴れしく伸ばしてきた手を、庄助は咄嗟に振り払った。知らない男に触れられるのがすっかり苦手になってしまった。男は構わず庄助に近づいて、ひっそりと耳打ちした。 「知ってるよ、織原に入って間もないんだよね。ねえ、裏切っちゃいなよ……即金で五十万円出すよ。“ウチ”のが稼げると思うよ」 「ごじゅうまん……!?」  庄助は目を見張った。姿勢を低くして、青メッシュの顔をしげしげと見る。 「そう、五十万。めちゃ高待遇だと思うよ、ウチは経歴とか問わないかぎゃッ……!?」  低い姿勢からかち上げる勢いのいいアッパーカットが、青メッシュの顎に決まった。ガキンという歯の鳴る音とともに、糸の切れた操り人形のように地面に膝をつく。 「アホ抜かせ。全然足らんやんけ」  庄助の茶色い目が怒りに燃えている。続けて振り子のように勢いをつけたつま先を、思い切り青メッシュのがら空きのみぞおちに叩きつける。思いのほか柔らかい皮膚と、跳ね返すような内臓の弾力がクロックスの足先にまとわりついた。 「タイヤのパンク修理代プラス、国枝さんに怒られて骨折でもさせられたら、治療費合わせてナンボかかる思とんねん! なめてんのか、五億よこせ!」  半泣きで啖呵を切った。泥のような吐瀉物を吐き散らしてのたうつ青メッシュを見て辮髪は驚いた顔をしたが、一瞬遅れて盛大に吹き出した。 「あははっ! オニイサン面白いだね」 「おもんないわ! それに俺はなぁ、もうええ加減トサカに来とんねん」  庄助のはらわたは煮えくり返っていた。またこうして知らない男たちに拉致されようとしている、まるで弱っちいお姫様みたいな自分が許せなかった。  捕まって犯されかけたりオッサンのイチモツを咥えさせられかけたり、それらをトラウマに感じている自分を、どうにか喝破したかった。こんな奴らに怖がって腰が引けている場合ではない。  そうや、俺は強いヤクザになりたくて、かっこよくなりたくて東京まで来たのに。なんでこんなにカゲのことを考えて「俺のこと嫌になったんかな~」だとか「えーん既読がつかないよ~」だとか、ナヨナヨクヨクヨと気持ちの悪い男に成り下がってしまっているのか。本当に腹が立つ。ぶん殴りたい。 「この、ッガキ……ぐぼっ」  足首を掴もうとした青メッシュの頭を、もう一度サッカーボールのように蹴り飛ばした。動かなくなった男を見て、辮髪は大げさに驚いて見せた。

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