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第三幕 七、脳まで愛して②

哎呀(アイヤー)! オニイサン意外と強いだねえ」  仲間がやられているのに、辮髪は余裕のある笑みを浮かべている。横に長く黒目の小さな一重まぶたが、どことなく爬虫類のようだ。  庄助は両手を身体の前に構えた。何の型でもない、強いていうなら格闘マンガで記憶しているなんとなくの構えだ。 「決めたで。お前をボコしてカゲの居場所吐かす」 「オニイサン怒ってる、コワイコワイだねぇ。でもぉ……そいつが倒れたからって俺、別に一人になったわけじゃないよ」 「な……」  言われて辮髪の後ろを見ると、遠くの電柱の影でスマホ越しにこちらを伺っている男がいる。駐車場の車の陰からゆっくりと、こちらに歩いてくる大きな男が見える。さっきまで人気がなかったのに。庄助はゾッとすると同時に「これ無理やな」と思った。  決して多勢にビビっているわけではない。今ここで捕まったら景虎を探すことができなくなってしまう。それはあかん、あくまで戦略的撤退や。  そう決めるが早いか、庄助は踵を返した。背後の狭い路地に少し開けた足場を見つけては、走り始める。 「あははっ、ウサギだってアメンボだって、みんなみんな逃げるのを追い詰めるから楽しいんだよネェ~」  気味の悪い辮髪の声が背後から聞こえたが、庄助は振り向かずに走った。  土地勘のあまりない初めて通る狭い道を、生ゴミを踏みつけ空き瓶に躓きしながら、転がるようにして逃げる。  どこに逃げれば安全なのか分からなかった。人の多い道に出ようとそちらに向かえば、柄の悪そうな男がこちらをじっと伺っている。辮髪の仲間なのか、それともただの通行人なのか、見た目だけではわからない。  そうしているうちに退路を断たれて、じわじわと追い詰められる。クロックスの中に砂が入って、走りづらくなってきた。  建物と建物の隙間を夢中で駆ける。もうどれくらい全力で走り続けているだろうか?  分泌されるアドレナリンをそろそろ疲れが凌駕して、足がもつれはじめる。肺があげている悲鳴に気づかないふりをして、脇目も振らず前へ前へと進んだ。 「はあっ、は……っ! クソが……っ!」  振り返ると、向こうの路地にさっき見た男たちの何人かが、こちらを探しているのが見えた。  ビルに挟まれた袋小路には、飲食店だか会社だかよくわからない店舗の従業員用の出入り口がいくつかある。右手側には小さな仮設のプレハブの倉庫が建っていて、その奥に褪せた緑色のフェンスが見える。フェンスの向こうには、また別のコインパーキングが開けている。  迷っていられない。庄助はフェンスを乗り越えようと、右のプレハブ小屋の前を横切った。  はずだった。  ほんの小さく開いていたドアの隙間から伸びてきた腕に絡め取られ、庄助は倉庫の中に引きずり込まれた。

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