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第三幕 七、脳まで愛して③

 一瞬の出来事に何が起こったかわからず、庄助は声も出なかった。急に暗くなった視界は暗闇に咄嗟に対応できず、後ろから口を押さえられてやっと、男の手に捕まっていることがわかった。 「ぷぎゅ……!」  噛みつこうとしたが、がっちりと顎と頬骨をホールドされて口が開かない。  ガチンと内鍵のかかる音を聞いていよいよ焦った庄助は、後頭部で頭突きをしてやろうかともがいた。が、男は頭一つ分ほど背が高く、力も恐ろしく強い。庄助の抵抗は、相手の胸板と鎖骨の辺りに猫のように頭を擦りつけるだけに終わってしまった。 「んんふ……っ!?」  頭頂部の当たりに、男の吐息を感じる。スンスンと鼻を鳴らして髪の匂いを嗅ぎながら、頭に触れる唇をくっつけたり離したりしている。  庄助の背中を汗が伝う。プレハブ小屋の中のこもった空気が、男の吐息で揺らいだ気がした。……この、猫を吸うみたいな触り方。大きな手に厚い胸板、やたら強い力に高い背。庄助はこの男をよく知っていた。 「やめろ、カゲ……っ」  名前を呼ぶ声が少し震えた。頭に触れた男の唇から、ふっと息が漏れる。笑ったようだった。 「ただいま、庄助」  聞き慣れた低い声に力が抜ける。極度の緊張状態からの急激な緩和は、容赦なく庄助の身体に震えをもたらす。 「すごい汗だ。庄助がしょっぱい」 「ふゃ、なめんな……っ」  首筋をぺろりと舐められて、庄助は力なく鳴いた。後ろから好き放題されるのは嫌なので、窮屈な中で身じろいで身体を反転させた。  暗闇に次第に目が慣れてくると、周りの様子が見えてきた。倉庫の上部にほんの少しだけ光取り用の窓がある。その窓を塞ぐように、段ボールが山積みになっている。  それらの荷物のせいで入り口付近にしかスペースがない倉庫内は、身体の大きな景虎と二人、お互いに一歩ずつ動けるか動けないかくらいの狭さだ。ビルとビルの間の日陰に位置しているため涼しいが、しばらく使われていないのか黴臭かった。 「なんで、ここにおんねん……てか、お前どこに」 「静かにしろ。追われてるんだろ」  唇に人差し指を当てられた。いつもと違う服の匂いがする。景虎は珍しくスーツを着ているようだ。よくよく見ると手のひらをぐるぐると白い包帯が覆っている。怪我をしているのだろうか。  聞きたいこと、言いたいことが山ほどあって溢れそうなのに、景虎の顔を見ているとどうでもよくなる。  暗がりの中の輪郭はいつも通りキレイで、頬の刀疵も長い睫毛も、庄助が触れたかったものは全部そこにあった。  丸二日も経っていないのに、すごく長く離れていたように感じる。嬉しいのと安心したのとで、庄助は何も言えなくなった。そして、その思いは景虎も同じだったようだ。

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