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第三幕 八、漢の決意はドレスで飾る①

 男たちに追い回されてから数日後。  個人的に国枝のデスクに呼び出された庄助は、とうとう山に埋められるのかと震えていた。先日倉庫で景虎とセックスしたことがバレたのかと思ったからだ。  いや、倉庫は景虎に念入りに掃除させたはずで、むしろ汚す前よりキレイになったくらいだ。  だったら事務所の備品のゲーム機のコントローラーを壊したことかもしれない。それとも、作業車の中に落ちていた誰かのヤンマガを持ち帰った事だろうか。  パンクしたタイヤは庄助が自腹で取り替えた。まさかもっといいタイヤにホイールごと取り替えろとか因縁をつけられるのではないだろうか。  どのことで怒られるのか、まるで生きた心地がしないまま、庄助は国枝のデスクの前に気をつけの姿勢で立っていた。  しかし国枝はいつになく真剣な顔で、庄助に告げた。 「庄助にしかできない、極秘任務をやってもらいたいんだ。川濱組の人間とコンタクトをとって情報を引き出してもらいたい」  その言葉に、庄助の自尊心のメーターは一気に振り切れて破裂しそうになった。 「極秘任務!? めっちゃかっこええ……! 俺、やります! 頑張りたいです!」  庄助は二つ返事で承諾した。極秘任務、潜入捜査。ヤクザ映画とはちょっと違うが、危険な匂いのするフィクションめいた仕事だ。スパイみたいでかっこいい。 「頑張ってくれるの? ありがと~、嬉しい。もうすでに現場には着任してるのがいるから、細かいことはその人に聞いて」 「わかりました!」 「頼もしいねえ。さしあたって庄助の最初の目標は、場内指名をもぎ取ることかな?」 「ジョウナイシメイ?」 ◇ ◇ ◇  反社会的勢力と夜の店はもはや切っても切れないものであるが、ヤクザの映画やゲームなどでよく見る、キャバクラ潜入を自分がやることになる日が来るとは、庄助は思わなかった。  黒服の姿で場内を動き回り、飲み物をサーブして灰皿を取り替えながら、テーブルの下に仕込んだ盗聴器で情報を収集する。  荒くれ者の客同士が揉めて、あわや刃傷沙汰になりかけたその時。冴えない一介のボーイの格好をした庄助が颯爽と登場。ホステスの女の子をナイフから庇って、白いカッターシャツの背中が裂ける。そこに燦然と現れる唐獅子牡丹の刺青……「きっ、貴様は織原の黒い悪魔!?」「こんな俺にもなァ……極道としてのスジっちゅうもんがあるんや」キャーッかっこいい、早坂の兄さん頑張って! 場内の女の子たちから黄色い悲鳴が上がる。かわいこちゃんたちステイステイ、俺の体は一個しかないんやから……。 「おう庄助、その眉ピ客受け悪ぃから外していってくれな」  無粋な男の声が妄想を邪魔する。現実に引き戻された庄助は、あまりの理不尽さに地団駄を踏んだ。 「なんで俺がまたこんなことやらなあかんねんっ!」  スカートのバックスリットから入り込む外気で、太腿がスースーする。大きなドレッサーに映る自分の情けない姿を見ていると、あの屈辱の夜のことが蘇ってきて、庄助は隣に佇む中年男を思い切り睨みつけた。

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