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第三幕 八、漢の決意はドレスで飾る②

「知らねえよバカ。俺だって国枝く……国枝さんの命令じゃなきゃ、お前なんかと組みたくねえの!」  向田稔二(むこうだ ねんじ)は樹脂製の仮歯を威嚇のように剥いてみせた。  彼の歯は国枝によって一つ一つ丁寧にひっこ抜かれたが、顎の骨は無事だったのでインプラント手術を施している。時間のかかる手術なのでまだ治療中だが、その手術総額は膨大で、向田は持っていた夜の店をほぼ全て手放す羽目になった。  口を糊するのも精一杯になってしまい途方に暮れる彼に、国枝は慈悲深い天使のように手を差し伸べたのだ。 「ウチはレンタル業者だからね。なんでも貸すよ、お金だってね。……もちろん、ちゃんと返してもらうけど」  後から向田から教えてもらったことだが、株式会社ユニバーサルインテリアの前身は一昔前に流行った闇金融で、若い国枝はそこで取り立てをやっていたらしい。人に歴史ありだと、庄助はゾッとしつつも納得してしまった。  その向田が起死回生のために、憎き国枝に借金をして立ち上げた事業、その店舗である男の娘キャバクラ『いちゃいちゃくらぶ☆あるてみす』池袋店の控え室に、庄助と彼はいた。  お互いに並々ならぬ因縁があるものの、国枝の命令とあれば無視はできない。  国枝の命令。それは川濱組が売り捌いているという噂の、ある薬物に関する情報を得ることだった。川濱の舎弟頭でゲイの気のある男が今夜、向田の経営する男の娘キャバに来るという。相当上の役職であるにも関わらず、口外しづらい趣味ゆえ護衛もつけずに。  国枝はその情報を、ある信用できる筋から得たらしい。  彼を誘惑して所謂ハニートラップで籠絡しメロメロにさせて、余計なことを喋らせる。もちろん一日では難しいだろう。連絡先だけでもゲットできれば御の字だ。  庄助はしみじみ思う。世の中には、実は結構特殊な趣味の人間が溢れているのだと。 「つーか、向田さんまた男の娘で儲けようとしてるやん! なんなん、ヘンタイなんすか!?」 「あ? これだから需要をわかってねぇズブの素人はイヤなんだよ。いいか、性産業なんてのはすぐ移り変わる事業だ。物珍しさで売らなきゃどうすんだ」  向田は吐き捨てるように言うと、加熱式タバコをすうっと一口吸い込んだ。独特の(ふか)した臭みが漂う。  嫌いな人間同士であろうと、大人だから喧嘩せず穏便に仕事をしなくてはいけないという建前は、二人の間には全くない。お前が嫌いだという態度を剥き出しにしたまま、こうして向かい合っている。ある意味心をあけすけに許しすぎている仲ではある。

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