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第三幕 八、漢の決意はドレスで飾る⑤

 矢野は思い切り鼻白んだ。 「前に俺、言うたやないですか。カゲと一緒にこの先の道を見たいって」 「いや、言ってたけどよ……? この流れでそうはならんだろォ。怖いんじゃなかったのかよ?」 「怖いけど、それ以上にカゲが勝手に死んだら嫌なんです、俺。まだまだ一緒におもろいことやりたい、カゲといっぱい遊びに行きたい。せやから、俺もカゲを守れるようになりたいんです」  庄助があまりにまっすぐな目でこちらを見てくるので、矢野は思わず咥えていたスプーンを膝の上に落としてしまった。  これまで矢野は色んな人間を見てきたが、ヤクザになるような人種は、どれだけバカで明るく見えても、皆どこか後ろめたい気持ちを持っている。  純粋に人生を楽しむという選択肢は、道を外れた時点で消えてしまうものだ。ヒエラルキーの上に立ち、いい女を抱く、いい家に住み高級車に乗る、などといったありふれた欲望は皆持っているが、言ってしまえばその程度の金で買える幸せしか想像ができない。  それを、一緒におもしろいことをやる、遊びに行くなどと。そんな子供が友達の家でお菓子を食べながらゲームをやることが楽しくて幸せ、みたいなノリで生きようとするヤクザがどこにいるんだ。 「俺、アホやからうまく言えんけど、いっぱい考えたつもりです」  口から笑いと呆れが混ざった息が零れて、矢野はなんとなく理解した。自分がいくら不自由なく生活させてやっても、ついぞ景虎に与えることができなかったものがなんなのか。そしてそれをこの若者は溢れんばかりに持っていて、今すでに惜しみなく我が息子に与えてくれていることを。 「……わかった。仔猿ちゃんの盃のことは儂が引き受けた、任しときな。ただ、この一件が片付いてからにはなるけどよ」 「ほ……ほんまですか!?」 「おう、ほんまでっせ、だ。二言はねェよ。ありがとなァ、あいつのこと考えてくれて」 「よっしゃ! ありがとうございます! あ……あの、あと。俺が今言うたことは、カゲには内緒にしといてほしいです」  庄助はひとしきり喜んだあと照れくさそうに笑って、空っぽのゼリーの容器をゴミ箱に入れた。  景虎が一日とちょっと連絡をよこさずいなくなり、危険なことに巻き込まれていたことを知って、庄助はなんとなく目が覚めた。  やっぱり変わりたい。弱いまま、バカなままじゃだめだ。景虎に助けてもらうばかりでは嫌だし、何より自分が納得できないような自分のままで景虎と向き合うのは良くない気がする。  もっと経験を積んで、はやく強くなって景虎の隣を堂々と歩きたい。それが自分の望みなのだと気づいた。  胸が沸き立つ。何かせずにいられない。  それは例えるのなら、晴れた日の空の下でまっさらな船の帆を張るような、背筋の伸びる気持ちだった。 「売店行ってきます。親父さん、何かいります? 買ってきましょうか」  椅子から腰を上げた瞬間に、少し待ってくれという意味で矢野が手首をそっと握ると、庄助はひどく驚いた顔をした。 「仔猿ちゃん。あんたにちゃんと話しておきたい、儂がなんであの子を……景虎を引き取ることになったのかを」  何も言わず座り直した庄助に、矢野は語ってみせた。景虎の母親のことや自分との関係のこと、織原組が薬物のシノギを禁止している理由。  いつもひょうきんな矢野が静かな声で話すそれは、どこか懺悔のようだった。  庄助は頷きながら静かに聞いていたが、極道という鬼の面の下に住む矢野耀司という老人の姿を、その時確かに見た気がした。

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