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第三幕 九、それぞれの戦い、それぞれの我慢②

 衝立(ついたて)から顔を出してボーイに注文をする際にしょこらちゃん……あらため庄助は、そっと場内を見廻した。ここからだと顔は見えないが、入ってきたのを見るに客層は様々で、大人しそうな歳のいった男性から、ノリで入ってきたであろうサークルの大学生たちのような人間まで幅広い。これが、向田が言うところの間口の広さというやつだろうか。 「んきゃっ!?」  そうして店内を見ていると、タニガワの大きな手が伸びてきてスカートの尻を掴んだ。庄助はびっくりして声を上げてしまった。  俵型のハンバーグみたいな厚い手のひらで、ぐにぐにと尻を揉んでくる。彼は庄助の嫌がるさまを見て、ニヤニヤと下品に笑った。 「可愛いねえ、おちんちんついてるの見たいなァ」 「ふぎゃ、このっ、やめ……ってくだ……まだっ、まだだめ! です!」  後ろからスカートをめくり上げようとするのを必死に抵抗した。咄嗟に殴ってしまいそうになるのを堪える。タニガワは意外とあっけなく手を引っ込めた。  ボーイがすぐに戻ってきて、小さなテーブルに飲み物を置いていった。 「えと……いただきます」  庄助は呼吸を整え居住まいを正すと、改めてタニガワに向かって細身のシャンパングラスを差し出した。キャストの乾杯のグラスは、必ず客のグラスより下の位置に当てなくてはならないという。  ひやりとしたグラスに口をつけると、タニガワがさっそく腰に手を回してきた。庄助の身体がびくんと固まる。 「しょこらちゃん、いくつ?」 「二十三です」  サバを読む気にはなれなかった。読んだとして、じゃあ何年生まれ? 干支は? などともし聞かれて誤魔化せる自信がなかったからだ。 「もっと若く見えるな、いいね。好みだわ」 「ほんとに? ありがとうございますぅ」  庄助は引きつりながらも笑顔を振りまいた。もともと愛想のいいタイプではあるから、人に気に入られる事自体は苦手ではない。男に性的に見られるのは御免被りたいだけで。 「タニガワさん男前だし、ウチここに座れてよかった~。いっぱいお話してほしいなあ」  川濱の人間とは、組に入りたての頃に一度顔を合わせているので、関西弁を使うとバレてしまうかもしれない。なので、付け焼き刃の標準語を無理やり話す。  ぎこちないながらも初々しい庄助の姿に気をよくしたのか、タニガワは腰の手はそのままにグラスの中の酒をもう空けてしまった。  よし、油断してるな。庄助は新たに酒を注ぎながら、心の中でガッツポーズをした。 「お酒つよ~い、ワイルドですね! もっと飲んでるの見たいなっ」 「しょこらちゃんも飲んで。可愛い子が酔っ払ってんの見るの好きだから」 「ええ……やだも~っ!」  大げさに笑って見せながらも、庄助の背中と太腿には鳥肌が立っている。時折狭い通路を通る可愛い服を着た男の娘キャストたちを見ながら、この人たちはこの仕事に耐えている猛者なんだなと感嘆した。 「こんなとこで働くってことは、男が好きなの?」 「えっ……あはっ、ま……まあ。タニガワさんは?」 「俺は女もいけるよ。でも見た目が女とあまり変わりないんだったら、男のがわかりやすくていいかなって」 「そう……なんですかぁ?」  「男は、高い飯もカバンもねだってこないし、愛だの恋だのグダグダ言わない。セックスに持ち込むのだって話が早い、そうだろ?」  タニガワは三杯目を飲み干した。暗がりでわからなかったが、よく見ると右の眉から瞼の上までを縦断するようにずっぱりと刀疵のようなものが走っている。ザ・ヤクザという感じの見た目なのに可愛い男が好きなんて、人は見かけによらない。  新たに酒を注ごうと腰を浮かせた庄助のスカートのバックスリット、そこをかき分けるようにして内腿にタニガワの指が触れた。

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