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第三幕 九、それぞれの戦い、それぞれの我慢③

「いひゃあ……っ」  ここ、『いちゃいちゃくらぶ☆あるてみす』では、性器や肛門など粘膜への接触や露出、性行為は禁止だ。が、逆に言えば、それ以外なら何をしてもいいということでもある。  恋人同士のようにお酒を飲もう! がコンセプトで、セクキャバよりライトだが密着度の高いサービスがウリらしい。キスはもちろん、太腿に触れたり胸に触れたりなどはサービスの範疇なのであって、無理やりでなければ露骨に嫌がってはいけない……というのが、向田オーナーの提唱するルールだ。  そんなルール知るかボケ、と叫んで暴れまわりたい気持ちを抑える。パンストの上から腿の付け根の柔らかい部分を揉まれて、庄助は息を呑んだ。  気持ち悪い。知らない男に触れられるのはやっぱり嫌で仕方がなかったが、仕事だから、国枝に直接命令された極秘任務だからと、黙ってロックアイスをグラスの中でかき混ぜる。この前景虎に「嫌いなやつに触らせたりしない、見くびるな」と息巻いたばかりなのに、さっそくこんなことになって情けないったらない。 「キャバの女でも風俗嬢でも、最近のは生意気だからねえ。小賢しい知恵ばっかりつけて、女は愛玩動物としての立場を忘れちゃ終わりだ。そう思うだろ?」 「ん、そ……そうっ、かな……?」 「そうだよ。男に可愛がられることを放棄した女は死んじまうんだよ……しょこらちゃんも気をつけな」 「……俺、じゃなくてウチ、女じゃないから、よくわかんな……っんあ!?」  パンストの股の部分を引っ張られて、ピンと張った薄い生地にタニガワの指が食い込む。  グイグイと圧迫されて、繊維が一つ二つとほつれてゆくのを感じ、庄助は焦った。 「やっだめ……やぶ、破れちゃいます……って」 「指名、ほしくないの? 少しくらいいよな?」 「ぐぅう……」  耳元でねっとりと囁かれて、庄助は気持ち悪さのあまり項垂れてしまった。  国枝の言う通り、第一の目標は場内指名を取ることだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。  しかしまあ殴りたい。今すぐに暴力に頼り、ブランデーのボトルにてこいつを打ちのめし、この地獄から解放されたい。でもそれはままならない。なぜかというとこれは、極秘任務だから。  庄助にしかできない極秘任務。そのかっこよすぎる響きが、短気な庄助をここまで縛り付けるのだから、国枝は彼の扱いをもう解りきっているのであろう。  ぱつんと音がして、内腿にひやりとした空気が触れた。丸く破れた部分から、タニガワの太い指が直接肌に触れてきた。 「若い肌だね、すべすべだ」  身じろぐだけで次々にほどけてゆくパンストの繊維が気持ち悪い。 「た、タニガワさん。お酒を……」 「女物のパンツ履いて、やらしいね。下着のお持ち帰りオプションあったっけなぁ……」  どこまで変態やねんこいつ。庄助は尻を撫で回されながらも衝立から顔を出し、黒服を呼びつけた。 「しっ……指名入りましたー!」  勢いよくそう言うと、触れてくるタニガワの手のひらごと、挟み込むようにソファに腰を下ろした。こうなったらヤケだと挑戦的な目で見上げ、タニガワのごつい太腿に破れたパンストを纏った片脚を乗せてみせた。 「タニガワさん、今日はとことん飲みましょうよ。そんな焦らんと……ねっ?」  本当の自分の上にキャラクターの仮面を被るのだと。向田はそう言った。  であれば今から俺は早坂庄助ではない。映画に出てくるような美人スパイ、しょこらちゃんだ。  しょこらちゃんは不敵に笑って、タニガワのひげの生えた顎を人差し指で撫でた。 「ウチに惚れたらあか……ダメですよ?」

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