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第三幕 九、それぞれの戦い、それぞれの我慢⑤
「庄助庄助ってなぁ、お前も織原の名前でメシ食ってるんだろ。代紋に小便かけられるような真似されて、怒るフリのひとつもできねえくらい色ボケしてんのか?」
珍しく刺々しい口調に、あまり見ることのない国枝の苛立ちを感じる。
「……それは」
「そりゃ抗争なんて今時だよ。組の面子のために命かけるなんてバカげてる。でも俺はね、そのバカに死ぬまで付き合うって決めてる。それが俺の矢野さんに対する忠義」
彼の口から忠義なんて言葉を聞いたのは、付き合いは長いが初めてだった。それだけ思うところがあるのかもしれない。
国枝の革靴の足先が、景虎の足元の床を撫でる。顔を上げた景虎の、うすくらい目の色が電灯の白い光を映して揺らいでいる。
「庄助がユニバーサルインテリアに居る限り、あの子は俺の部下だよ。俺は、矢野さんのために使えるものは何でも使う」
「それでも……あいつはまだ戻れます」
「庄助本人が“こちら側”に来るのを強く望んでる時点で、時間の問題でしょ。向田さんの汚い仕事っぷりを見ても、まだヤクザやるって言ってるんだよ。だったらもう、覚悟決まってないのは景虎だけじゃない?」
そうかもしれない。景虎は痛感した。
庄助と出会ってから、自分は変わってしまった。それは景虎自身が一番よく知っている。のうのうと庄助が居る幸せのぬるま湯に浸ってる間に、事情はいつの間にか変わってしまっていた。
以前であれば、危険が間近に迫ってからでも叩き潰せばよかった。なぜなら景虎は強く、そして孤独だったから。
でも今は、庄助に火の粉がかかる前に払わなければいけない。そしてその火の粉を振りまく元凶は、はっきりとした正体も見せずにすぐそばに迫っていた。
「ていうか俺、最初に言ったよね、仕事に支障がないなら仲良くしても何でもいいって。支障ありまくりじゃん、バカなの?」
そうだ、バカになってしまった。自他も公私も何もないほどに、景虎は四六時中、一時が万事庄助に夢中なのだ。
そして、ヤクザの世界に憧れる庄助は景虎にとってはまるで、歩きはじめの赤子のように危なっかしい。好奇心だけで動き回り、怪我をするし死にかける。
それでも、彼をいつまでも捕まえて、閉じ込めておくことはできない。それがもどかしかった。
「申し訳ありません……」
景虎は項垂れた。
「ほんとに悪いって思ってるぅ?」
「もちろんです。ただ……どうしても庄助の手を汚さなくてはダメですか?」
ほんとバカ正直だね、国枝はそう呆れたように笑うと、膝をつく景虎の前に立った。
「あ……ぐっ」
手の甲に包帯の巻かれた左の手には、新しく中指にも絆創膏が巻かれている。倉庫で庄助を抱いた時に、きつく噛まれた傷だ。その二つの怪我ごと、国枝の革靴が踏み躙る。
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