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第三幕 十、ショコラ&ロゼスパークリング①

 帰る部屋を間違えてしまったのかと焦った。  庄助が目を覚ました場所は、まったく知らない部屋のまったく知らない匂いのする、クイーンサイズのベッドだった。  薄暗い天井に、ダークブラウンのシェードの四連シーリングライトが、常夜灯のオレンジ色に鈍く光ってぶら下がっている。白いカーテンの隙間から、外の光が淡く床に漏れている。今は朝なのだろうか。庄助はのろのろと体を起こした。  頭が痛い。胃が気持ち悪い。口の中が粘ついた酒気の残滓で満ちて、この上なく不快だった。 「ん……?」  体を見ると、あの動きづらいドレスや下着は脱がされていて、裸に前開きのシャツ一枚だ。  タニガワとかいう客にたくさん飲まされたのを覚えている。でも、いつの間に意識を失っていたのだろうか。  ごう、と前方の壁にあるエアコンが唸った。庄助が起き上がったことで、人感センサーに反応したのかもしれない。ひやりとした空気が部屋に満ちてゆくのを感じる。ふと、隣で人の熱量が蠢く気配がした。 「うーん……あれ? もう起きた?」  眠気で甘く溶けたような男の声が、白いシーツを纏った掛け布団の中から聞こえて、庄助は飛び上がった。もそもそとベッドが軋んで動いて、彼は身を起こした。  長い白金の髪が首の上ではらりと散らばって、その隙間から黒いサソリが顔を出した。庄助と同じく、裸の静流がいた。 「に……っ!?」 「おはよ、庄助」 ◇ ◇ ◇ 「あんたほんとにいい女だぁ、いや女じゃなかった……どっちでもいいや。へへ……」  酒臭い息を頬や耳に吹き付けられながら、スカートが意味をなさないほど捲り上げられて尻を揉まれ続けて、もう一時間以上が経過していた。 「タニガワさんのこと、もっと知りたいな。ほらさっきのお話、シノギのこととかぁ」  それでも庄助はしょこらちゃんになりきって我慢している。堪忍袋の緒はとっくに切れて中身が出かかっているのを、手で押さえつけているような心持ちだった。 「しょこらちゃんも見たことない? そこらで外国人がヤク売ってるの。そいつらと最近新しい……あれ? しょこらちゃんもしかして乳首感じるヒト?」 「は? 感じません! ミリほども! いいからその話聞かせてください……っ」  ドレスの胸元から手を入れられ、生の胸を揉みしだかれた。ぺたんこの胸のてっぺんの、ささやかに主張する突起をくにくにと弄ばれて吐きそうになっていた。  庄助は、ちらりとタニガワの飲んだグラスとボトルに目を遣った。酒に強いだけあって、今日おろしたばかりのブランデーのボトルは、もう半分以上空いていた。  もっとだ。もっと酔ってもらわないと困る。が、それとは裏腹に、庄助は一刻も早くここから逃げ出したかった。 「ねえしょこらちゃん、キスしたいなあ」  回された手で肩を掴まれて顔を寄せられると、庄助はいよいよタニガワの顔面に両手を突っ張って拒んだ。 「ぎえ! チューはあか……だめっ。だめです!」 「なんでぇ~? 禁止されてないからいいだろ」 「でもだめ! だって、ち、チューは好きな人とだけしたいからぁ……」  白々しくそう言いながら、日常的にキスをしている男の顔を思い出してしまった。  ほなら、カゲとしかしてないイコール、俺の好きな人はカゲってことか? いやいやいや、そんなわけないやろ。キモいオッサンが嫌なだけで、カゲが好きとかそんなアホなことあるか。俺は何を考えてんねや、仕事中やぞ。  弱めの酒とはいえ、付き合いで何杯も飲まされていると、頭と身体がヘロヘロになってくる。呂律は回らないし、指先まで巡ったアルコールで力が入らなくなる。庄助は酒に弱い。  大きい手のひらが逃げられないように締め上げて、顔面が迫ってくる。庄助はタニガワの肉厚の頬をつけ爪のついた両手で挟んで抵抗した。

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