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第三幕 十、ショコラ&ロゼスパークリング④
「あはは! しょこらちゃんとかウケる」
「ちゃうねん、これは“極秘任務”やねんで!」
極秘任務を受けたことを嬉しげに語りながら、庄助は血色の良くなった顔をほころばせた。マグカップに注がれた温かいスープは、二日酔いの重い胃袋に慈雨のように染み渡る。
庄助が飲んでいるカブとベーコンのミルクスープは、近所のデリカテッセンのものを朝から配達してもらったものだ。
広い寝室で目を覚まし、慌ててここはどこだと尋ねると、ここは渋谷の大山町にある、親が上京の際に買ってくれた静流のマンションだという。
見回すとベッドだけでなく、抽象画やオブジェなど、静流の好みの家具や調度品が置かれていた。大阪に居た頃のものは、全部捨ててしまったのだろうか。
そもそもここって、めちゃくちゃお高いのでは……? と、恐る恐る聞いてみた。「渋谷だけど七千万円ぐらいだから全然」と事も無げに答えた静流に、庄助はゾッとした。金銭感覚が違いすぎる。
静流は着替え終わると、庄助の隣に腰掛けた。今日は昼からカウンセリングと施術の数件の予約があるというが、店のオープンと電話番はバイトに任せているらしい。
「事情がよくわからんかったから、庄助の会社の国枝さんって人に連絡はしといた。名刺交換したのあの人だけやし。矢野さんに言うよりええやろ?」
ガラステーブルに空になったスープマグを置くと、庄助はこくりと頷いた。
シャワーを借りてから、静流に借りたサイズの合わない服を着て、リビングの革張りのソファで呆けていた。夏らしいライム色の肌触りのいいオープンシャツから、知らない柔軟剤の匂いがする。
国枝に報告しないといけないことがあるのに、何だかふわふわと現実感がない。朝だというのにカーテンも開けていない薄暗い部屋は時間の感覚がなくて、また眠くなってくる。
荷物や着替えはあのまま向田の店に置いてきてしまった。景虎だってきっと心配しているに違いない。仕事で外泊するのを連絡してこなかったと怒ったばかりなのに。でも、説明がめんどくさい。絶対怒ってめちゃくちゃしよるやんあいつ……と今から気が重かった。
「国枝さん、なんて? 怒ってなかった?」
「全然。めっちゃ丁寧やった、わざわざありがとうございますって。庄助には、今日は休んでまた連絡ちょうだいって言うとったよ。人のこと言えん商売やけど、ヤクザもたいがいテキトーやな」
静流は笑いながら、配達してもらったカスクートにかぶりつく。たっぷりと入った新鮮なフリルレタスがパキパキと音を立てた。
「兄ちゃん、あんなとこでなにやっとったん?」
「ん? 夜のパトロールや。悪い奴はおらんかなってな」
はぐらかすような口ぶりに、庄助は血色の戻った頬を膨らませた。
「うそや、どうせ風俗でも探してたんやろ~! ……まあええわ。ありがとう、助けてくれて」
「ふー、また貸しを作ってしまったな。もっとお礼言うてええで。兄ちゃん素敵~って」
「へへ、兄ちゃんマジで王子様。かっこええ!」
「おう、よきにはからえ」
冗談を言い合っていると子供の頃が戻ってきたみたいで、庄助は嬉しくなる。嬉しくてつい、もともと軽い口がさらに軽くなる。
「……あのさ、この前言うた、うちの会社のヒカリちゃんの……TANNに入れてもらったっていう刺青な、こないだ改めて見せてもらってん。兄ちゃんにとっては、いっぱいやった仕事のほんの一個で、憶えてないかもしらんけど」
「は? なに、急にどしたん?」
怪訝な顔をする静流を前に、庄助は照れくさそうに言った。
「その子な、リスカか何かで手首に傷跡があるんやけど。その傷跡を上手いことウサギの毛並みに見せかけてて、兄ちゃん優しいよなって」
庄助は目を閉じて思い出す。ヒカリの手首の傷、ためらい傷のように軽微な跡から深いものまで、痛みを柔らかな水色の被毛で覆うように描かれていて、見事だと思った。
芸術は全くわからないが、インタビューで静流が言った通り“人との繋がり”を大事にしているからできることなのだろうか。
「……べつに、普通やん」
静流は明らかに狼狽したように、ペットボトルの水を二口ほど飲んだ。
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