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第三幕 十二、さよならパロディ①
「よぉ、しょこらちゃん。今日も出勤してくれんのか?」
事務所のドアを開けた途端に飛び込んできた日に焼けた顔面は、年老いたチェシャ猫のような笑みを口元にたたえていた。
腹が立つ笑顔を偽物の歯ごと殴り飛ばしたかったが、庄助はぐっと堪えて頭を下げた。
「おはようございます! 昨日は急に帰って申し訳ありませんでした! 荷物、取りに来ました!」
庄助の大声に、事務所の中の数名のキャストが何事かとこちらを見た。向田は舌打ちをして、庄助を自分の元へ手招きした。
「声がデケェんだよバカ……ほら、荷物そっち」
小さなロッカーの中に、昨日置き去りにした服やスマホがそのままにされていた。スマホと家の鍵を尻のポケットにしまい、服はエコバッグに入れた。
これも忘れ物。そう言って向田は、会社支給のトバシのスマホと、小さな透明のパッケージに入った銀色のバナナバーベル型のボディピアスを手渡してきた。
「置いといてくれたんすか?」
意外だった。ドレッサーの上に外したまま置きっぱなしにしてしまったピアスは、捨てられているかもしれないと思っていたから。
「汚えからもう置いてくなよ。……ところでよ、お前が接客したタニガワの話だが」
向田は周りを気にして、少し声をひそめた。それに合わせて、庄助は向田のすぐそばに身体を寄せる。
「昨日あいつが持ってたスマホは完全にプライベート用だな。仕事の話はしてないし、ストレージん中はハメ撮りばっかりだ」
向田は肩をすくめる。ハメ撮りと聞いて、タニガワの脂ぎった顔を思い出し寒気がした。
「ジジイのくせして、よっぽど若いのが好きみたいだなァ。しかも男でも女でも相手にしてる。ほんと、キモいぜ」
二十以上も歳の離れたヒカリを食い物にしていたくせに、自分の悪事は棚上げしている。ツッコミ待ちですか? と庄助は聞いたが、向田はスルーして、自分のスマホを取り出した。
「そんなだから、ロクに手がかりなんかないと思ったけどよ。少し気になることがある」
向田が見せてきたのは、タニガワのスマホの画面を直に撮影した写真だった。ベッドに腰をかける、素っ裸の痩せぎすの女。撮影者と思しき、鯉の刺青の入った腕に乳房を掴まれながら、口元だけで笑っている。庄助は覗き込んでまじまじと画像を見た。
「わかるか?」
デジタル画像の直撮りは、画面にノイズが走っていてだいぶ不鮮明だ。
「おっぱい……ですね」
「そうじゃねえだろ」
頭を叩かれた。画像は何枚かあるようで、向田は次々とスワイプして新しいものを見せてきた。知らない女や男の猥褻な画像の連続に、庄助は目を覆って指の隙間からそれを見た。
「こいつらの身体……特に手足、見てくれや」
「てあし?」
そこに女の子の胸や尻が写っているのに、手足を見るなんて発想は庄助にはなかったので驚いた。言われてよくよく見てみると、写真の男女には共通点があった。
「なにこれ……?」
下腕や膝下にうっすら、赤黒い跡が点々とある。人により大きさや濃さ、密度は違うものの、写真の人間たちの四肢の末端に、発疹のようなうっ血のような斑点がいくつも出現しているのがわかった。
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