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第三幕 十二、さよならパロディ②

「よくわからん。こいつの変な趣味かとも思ったが、何か言ってなかったか? しょこらちゃんに根性焼きやりた~い萌え萌え~、とか」 「特殊性癖すぎやろ……聞いてませんて。でもこれ、根性焼きとかじゃなさそうですよね。傷にしては、表面がポコってなってないような……知らんけど」  事務所のトキタの腕にある根性焼きを思い出す。彼の身体の傷痕は経年のせいもあるだろうが色素が沈着し、クレーターのように凹んだり縁が盛り上がったりしている。それらと、この写真のものは別物に見える。  庄助は目を細めて画面を食い入るように見つめた。シーツに絡みつく女の細い腕にある斑点は平坦で、外傷というより内側から血管が破れたようだった。ちょうど景虎が庄助の身体につけるキスマークに似ている。  けれどキスマークにしては小さく、手の甲や指先まで変色しているものもある。場所的にも唇で吸ったとは考えにくい。 「だなぁ。梅毒かとも思ったけど、アレはもっと赤っぽくて膨らんでるっつーか……いや俺はかかったことねえよ? ねえけどよ……」  ブツブツと何事かを呟いている向田をよそに、庄助はもう一度画面を見た。  肉の付き方や肌の感じからして二十歳そこそこだと思われる女の子が、一糸纏わぬ姿で斑点のある足を開いている。  振り乱した髪で顔はよく見えないが、肉の削げた痩せた胸元に斑点がまばらに散り、そこに舌を出した唇のタトゥーがあった。  庄助はなんとなく、静流のことを思い出した。 「向田さんすみません。俺ちょっと電話せなあかんので、これで」  気味が悪いことではあるが、わからないものを考えても仕方ない。彼らの身体の痕が何であるかなど、医者でもない自分たちにわかるはずないと庄助は考えた。このことも含め、国枝に報告しなくては。  頭を下げて立ち去ろうとすると、向田はまた唇を歪めて笑った。 「また出勤したくなったらいつでも来いよ。しょこらちゃんの籍は置いておくからよ、なっはっは!」  背中に厭な高笑いを聞きながら、庄助は事務所を出てエレベーターに乗った。 ◇ ◇ ◇  ようやく国枝に連絡がついて、庄助は人心地ついていた。景虎の指を折ったくらいだから荒ぶっているのかと危惧していたが、電話口の国枝は機嫌よく穏やかな口ぶりだった。  いまは出先だから、ちゃんとした報告は明日聞く。えらいね、お手柄だから高級中華でも行こうか。  最初は景虎のことでモヤモヤして腹が立っていた庄助だが、褒められたり飯に連れて行ってやると言われたりして、ものの数分で絆されてしまった。 「カゲより出世してもーたらどうしよう……!」  電話を切った庄助は、夜の雑踏の中で思わず口に出した。現組長付きの景虎よりも手柄を立ててしまう自分の才能が怖い。  俺が偉くなったらあの乱暴なカゲに、跪いて足を舐めろって命令するのもアリ……いや、待て。あいつのことやから、普通に喜んで舐めそうや。  足の指を丹念にベロベロ舐められて、もうええ言うてんのにだんだん……ここも足のうちとか言うて太ももとか、もっと上の……。 「わ……ア……」  想像して変な声が出た。ドキドキしてしまったそのことに愕然とした。景虎とのセックスに慣れたどころか、むしろ期待して妄想までするようになってしまった自分の身体が恨めしい。  溜まってるわけじゃない、忙しくて数日セックスしてなかっただけだ。セックスすることが普通になったわけでもない。嫌じゃないだけで好きではない。  庄助は頭の中で言い訳をすると、せっかく池袋まで出てきたのだから何か食って帰ろう、どうせ家に帰っても景虎はまだくたばっているだろうし。と、頭を振って思い直した。  何を食うかは財布の中の残高によりけりだと、財布を取り出そうとハーフパンツのポケットに手を入れた。  指先につるんとしたビニールパッケージが触れる。そうだ、失くしてしまう前に先に、ピアスを着けなくては。静流にもらったピアスを。  周りを見回すと、ゲームセンターの入っているビルが目に入った。そこのトイレの鏡を使おうと、庄助はゲーセンに足を踏み入れた。

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