242 / 381
第三幕 十二、さよならパロディ③
UFOキャッチャーの機械から鳴る電子音が、やかましく出迎えてくれる。壁に貼られた案内の看板を見ると、男子トイレは三階にあるようだ。
エスカレーターで三階まで上る。昔ながらの格闘ゲームやシューティングゲームなどがひしめき合う、レトロゲームの階のようだ。一階に比べて人は少ない。
分厚く大きな筐体の間をすり抜けて非常階段の横のトイレに入ると、庄助は鏡の前でピアスの入ったパッケージを取り出した。
「兄ちゃん……」
スマホも戻ってきたことだし、静流にも連絡しておかなくては。
さっきはごめん。兄ちゃんは助けてくれたし俺のこと心配してくれたのに、ふてこい態度取ってもーた。
そう素直に謝ればきっと、静流は許してくれる。優しくて王子様みたいだけど本当は性格の悪い、いつもの静流兄ちゃんに戻ってくれるに違いない。
けど。
どうせだったら、景虎がそこまで悪い奴じゃないってわかってほしいとも思う。
景虎はベテランのヤクザで多分殺人も何件かやってるし俺をレイプしてきたけれど、ほんとは動物好きのいい人だから心配ない……。そこまで考えて、庄助はさすがに無理があると感じた。世間的には、景虎は庇いようのない悪人なのだ。
「あかんわ……」
連絡する前にせめて、頭の中で言いたいことをまとめよう。そのためにとりあえずまずピアスをはめようと、庄助は鏡に向き合った。鏡の中の自分は、少し疲れた顔をしている気がした。
プラチナのボディピアスを、ポケットから取り出す。
指で眉下に開いた穴を探り、ピアスのシャフトを差し込んでゆく。開いているとわからないほどに締まっていた穴が、質量に負けて割り開かれてゆく様は、まるで自分の身体のようだと庄助は思った。
「あ……」
いつまで経っても不器用で、下手くそだ。穴に通すのもキャッチを上手くはめるのも。
肌を滑って球体のキャッチが、嘲るように指の隙間を逃げてゆく。
まあるいそれは転がって、聞こえないくらいの小さな音で洗面台でバウンドして、落ちてまた地面で跳ねる。
やばい、と座り込んでシンクの下を覗き込むと、ゴミ箱の脇にキラリと光るほんの小さな粒が見えた。庄助がそれに手を伸ばしたと同時に、男子トイレの入り口のドアがキイと音を立てて内側に開いた。
「あ、すんません」
入り口に立つ、黒いハイカットのスニーカーの足に向かって庄助は声をかけた。さっさと拾って立ち上がろうと、落ちたキャッチをつまみ上げた瞬間、いきなり胃の辺りが爆発した。
「ご……」
スニーカーの足先が、みぞおちに深くめり込んでいる。息が止まった。強制的に肺の中の酸素を大量に押し出され、声も出なかった。
痛いと感じるより先に、髪を掴まれて立たされる。
「よお、お兄さん。この前はどーも」
涙で滲んだ目に、男の青いメッシュの前髪が映る。横っ面を拳骨で殴り飛ばされて、洗面台のシンクに庄助の身体が勢いよくおどり上がった。
しくじった、またや。また俺は……。
鏡の中、誰かのパロディにすらなりきれない金髪が、打ち据えられて揺れるのが見えた。
ともだちにシェアしよう!

