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第三幕 十三、おんもらきの巣③

「ゔ……っ、ひ、ぐ、カうっ……」  言葉がなかった。逃げ出す方法を考えようとする気力もなかった。早く飽きて終わってほしい、殴られたほうがマシだ。水を吐きながら庄助は切に思う。 「なあ、俺ちょっと茶ァ買ってくるわ」  坊主頭がそんなことを言い出した。彼の大きな体は筋肉に覆われているぶん代謝が良いのか、大量に汗をかいている。浴室は空気がこもって暑い。ただでさえ部屋の中は防音のために閉め切っていて、まったく換気がされていないから、ひどく蒸すのだ。 「あそ、コンビニ? 俺の分も買ってきて。あと粘着テープも切らしてるからついでにお願い」  青メッシュは坊主頭に、車のキーを投げた。  拷問は誰にでもできるわけじゃない。痛めつける技術はもちろん、人が泣き喚いているのを見ても動じない心と、苦痛に暴れる身体を押さえつける体力がいる。部屋から出てゆく彼もきっと、少し疲れてしまったのだろう。  やる側の心技体が揃ってないと、拷問は難しいんだよ~。と、国枝が冗談めかしていたのを思い出す。あのやる気のないヒゲ面が、恋しいほど遠く感じる。  ……そういえばカゲ、起きたかな。熱、下がってたらええのに。  辛すぎてつい、現実逃避してしまう。景虎のことを思い出すと涙が出た。人前で泣いて悔しいという気持ちさえ折れそうで、庄助は唇を噛み締めた。  しばらく、とは言っても十分かそこらの間、責め苛む手が止まっていた。水の音がする。青メッシュは時たま庄助を足蹴にしながらスマホを見ている。脱出するならこいつが一人でいる今が好機だと思ったが、はたしてどうやって後ろ手に括られたまま、郊外の廃ラブホから逃げおおせればいいのか、庄助には方法が思いつかなかった。  ふと廊下の向こうから、ずる……ぺた、ずる……ぺた、と引きずるような足音が聞こえて、浴室のドアが開かれた。 「哎呀(アイヤー)、かわいそうに!」  聞き覚えのある声だったが、頭を上げる気力は残っていなかった。自分の吐き戻した水が、バスルームの四角いタイルの間を流れるのを、庄助はうつろな目で眺めている。  身体を起こさせられて、穴が空くほどじっと顔を見られた。辮髪の男の瞳は、話の通じない爬虫類のそれに似ている。  浴槽を背もたれに浅く座ると、尻のポケットに入ったままの家の鍵が尾てい骨に当たって痛かった。 「この前はあんな元気そうだったのが、こんなにグッタリなってるの可愛いだねぇ。脳みそ食われた猿みたい」 「ひうっ……」  辮髪の男は庄助の顎を掴むと、水と涙で濡れた頬をべろりと舐めた。間近で見るまでわからなかったが、舌の先が蛇のように割れたスプリットタンの人体改造を施している。 「何もない悪の根城だけど、時間までゆっくりしてってヨ」  時間まで。先ほど青メッシュの男も言っていた。雇い主がいると。誰かが庄助を攫ってこいと言っていて、こいつらはそれに従っているようだ。  心当たりはあまりなかった、庄助本人には。あるとしたら景虎だ。庄助の身柄を使って、織原の虎を誘き出そうとしている。そのくらいしか思い当たる節がなかった。 「ちょうどよかった。ボコらずに痛めつける方法ってなかなか思いつかなくてさ。ウーヤならよく知ってるだろ?」  キレイな状態で連れてこいと言われているらしいことも、どういう意図があるのか不明で気味が悪かったが、ろくなことではなさそうだ。  今ここで、殺されないだけで。その雇い主とやらに引き渡されたら最後、今よりひどいことをされるに違いなかった。

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