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第三幕 十三、おんもらきの巣④
「ンー……そうだね、色々あるよ。ツメの間に針刺すと、すごく痛いけど小さい傷で済むだよね。あとは、電気のコード剥き出しにして通電とか……」
聞いているだけで縮み上がった。どれも死ぬほど嫌で、そんなことをされるくらいなら死にたかった。動悸と吐き気が酷くて、内臓が口から全部出てゆきそうだった。
「あ~、通電いいんじゃない? ドライヤーならそのへんにあるし」
「哈哈哈 ! カチ、おまえ、義務教育受けた? そんなびちゃびちゃで電気使ったら、全員感電死しちゃうだヨ! やるなら止めないけど」
細い目をさらに細めて、ウーヤと呼ばれた男は大声で笑った。ウーヤだのカチだの、変な名前で呼び合っている。ハンドルネームなのか外国名なのか、庄助には判別がつかなかった。
「普通にレイプするじゃダメなの? 男なんて、しゃぶらせれば大人しくなるだよ」
普通に、という言葉の直後に『レイプ』という単語が出てくることに愕然とする。この感覚は、半グレたちや向田と相対した時に似ていた。同じ国に生き、同じ言葉を話しているのに、自分と全く違う価値観で生きている人間を目の当たりにした、あの衝撃と恐怖が蘇ってくる。
「男相手に勃たないんだよ、いたぶれるなら何でもいいお前と違って」
「アー、損だよねェ。こだわりがある人は」
ウーヤはつまらなさそうに、庄助から手を離して立ち上がった。
「じゃあ俺はこれで。頑張ってね、カチ」
「もう帰んの?」
「商品取りに来ただけだからネ。オニイサンと遊びたかっただけど……それは今度かな」
浴室のガラス戸のところで振り返って、ウーヤは笑った。きつく編み込んだ辮髪に表皮が引っ張られているのか、顔の皮と筋肉の釣り合いが取れていないような、不自然で寒気のする笑顔だった。ずる、ぺた……というあの独特の足音を響かせて、彼は部屋から出ていった。
「……さて」
青メッシュの男、カチは庄助に冷たい目を向けた。二人きりになったバスルームで、水の滴る音だけが聞こえる。
「そうだな。お兄さんの景気のいい泣き声も聞きたくなってきたところだし……まず爪の間でもほじくってやろうか」
「ゔぅ……っ」
頭が絶望の色に塗りつぶされて、身体から力が抜けてゆく。何もかも屈して、謝ればやめてもらえる、あるいは少しでも優しくしてくれるだろうか。
恐れに負けてしまえ、こんな場所でプライドなんか何の役にも立たないと、甘い誘惑が頭をもたげる。
ふと、低い振動音が聴こえた。カチは自分のズボンのポケットからスマホを取り出した。
「もしもし、どうした」
その時、庄助は見た。
カチのスマホを持つ手の甲から指先にかけて、ぷつぷつと赤黒い斑点が浮き出ているのを。
「あ……っ!」
今まで必死すぎてさっぱり気づかなかったが、まだらで大きさも濃さもばらばらなそれは、向田が見せてくれた写真のものとよく似ていた。庄助はごくりと生唾を飲み込んだ。
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