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第三幕 十三、おんもらきの巣⑤

「なんだよ、今どこ?」  カチは洗面台の下から工具箱らしきものを引っ張り出してきて、ガチャガチャと中を探り始めた。ハンズフリーで話すためにスピーカーモードにすると、切羽詰まったような男の声がした。電話の主は、さっきの坊主頭のようだ。 《もうすぐそこだ。でも、変な車がぴったりついてくんだよ》 「サツか?」 《サツじゃねえよ……よくわからん、運転席に変なやつが……》  荒いノイズに混じって走行音が聞こえる。坊主頭は車を運転しているようだ。 「変なやつってなんだよ、怪しいなら巻け」 《わかってる。とにかく荷物とガキ連れて外出てろ、迎えに……くそっ、なんなんだあいつ? ……クマか?》 「クマ? いくらなんでもこのへんにクマは出ないだろ、寝ぼけてんの? それともキマリすぎか?」  支離滅裂なことをまくしたてる男相手に、カチは鼻で笑ってみせた。工具箱の中から千枚通しを見つけると、庄助を脅すようにちらつかせてみせた。 「違う、本当に運転席に……。えっ……? お、おいっ! 嘘だろ!? うわ……!」  つんざくような轟音が、スピーカーから鳴り響いた。それと同時に、分厚い防音の壁の向こうから、車のクラッシュの音が小さく聞こえた気がする。  急激な展開に、庄助とカチは思わず目を見合わせた。 「どうなってる……!?」  カチは浴室を飛び出した。シーツの朽ちたベッドの向こうの窓に駆け寄る姿が、全面ガラス張りの浴室から見える。少ししか開かない隙間から外を覗き込むようにしていたが、すぐに苛立ったように踵を返して庄助の元に戻ってきた。 「おい立て。行くぞ」  胸ぐらを掴まれ立たされると、斑点のある手がほんの間近に見える。それはやはり外傷などではなく、内出血の跡のようだ。 「……っ誰が行くか!」  事態はさっぱりわからないが、こいつらにとって予想外の展開になっている今がチャンスとばかりに、庄助はじたばたと暴れた。目に光が戻っている。揉み合うと、濡れたタイルに足を取られそうになった。 「調子に乗るなよガキが!」 「それは……それはこっちの台詞じゃボケッ!」  庄助は大きく足を振りかぶって、回し蹴りを繰り出した。不自由な体勢からのそれは威力が弱く、受けても大したことがないと思われた。  が、 「ぐぎっ……!?」  脇腹をガードしたカチの上腕に庄助の足先が深々と突き刺さった。思わぬ痛みに、カチはがくんと大きくよろめく。庄助の足の指に挟んだ千枚通しが、カチの皮膚を通って筋肉に深々と穴を開けたのだ。  たたらを踏んだその隙を見逃さず、庄助は前のめりになったカチの顔面めがけて渾身の頭突きを繰り出した。折れた鼻がガーゼ越しにまたひしゃげる、湿った音がした。 「ようもやってくれたな! ハゲ! アホ! 死ねカス~!」  持てるボキャブラリーの全てを総動員して罵りながら、何度も前蹴りを食らわせる。自分の身体の軸がぶれるのもお構い無しに、それはもう滅茶苦茶に胴体を、脚を蹴り込む。  潰れた鼻をまた上から潰されて目眩がしているところへして、振り上げた庄助の足の甲がカチの股の間、睾丸を押し上げるようにヒットした。ぐえ、と胃液を吐いて、カチは体を丸めた。

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