249 / 381

第三幕 十四、艱難、汝を✕✕にす①

 バカはバカすぎて、こちらの予想を遥かに上回ってくるから、事前に具体的な注意をすることが難しい。  例えば、ウナギを肛門に入れないでくださいとはウナギの飼育書にはきっと書かれていないだろう。ウナギは肛門に入れるなと書かれていなかったから入れたら、ウナギに腸を食い破られてしまったのですが……などと、バカは平気でそういうことを申告してくる。  お前はそれと同じことをやってるんだよ、と景虎に伝えたが、本人はひとつもピンと来ておらず「顔が割れていると言われたので、バレないようにと思いまして」と、むしろ少し困ったような様子だった。  電話の向こうの国枝は、呆れ返って言葉が出なかった。もう日付が変わろうとしているような時間に、景虎から「庄助を追っていた奴らを捕まえました」と報告があったから、わざわざ部下を数人現場まで遣わせた。  外からは電灯がついているように見えない、廃業して看板も外されたようなラブホテルの一室。そこにいたのは縛られ濡れて汚れた新人と、耳が千切れかけ返り血のついた自社のマスコットだったという。 「会社の備品を勝手に持ち出さないとか、着ぐるみのまま運転したら危ないとか、そういう根本的な常識が……はあもう、いいや。全部明日聞くよ……」  これ以上はダメだ、説教をしている自分がシュールに感じる。逆に面白くなってしまうパターンだ。あとから聞いた話によると、現場にいなくてよかったと国枝は思ったそうだ。絶対に笑ってしまっただろうからと。    ビニールのカーテンで目隠しされた駐車場は、外の街灯の光が届かず真っ暗だ。  国枝の部下たちは、懐中電灯の明かり一つだけでミニバンの後ろに淡々と人間を詰めてゆく。  カチと坊主頭は生け捕りにされた。これから地獄が待っていることだろう。せいぜい漏らさんように気張れよ。庄助は荷室の跳ね上げドアが閉まる前に、勝ち誇ったように吐き捨てた。  部下の一人と景虎が、密やかに会話をする。こういった事態には慣れているのだろうか、手短にやりとりをしただけで、お互い納得したようだった。  彼らを乗せたミニバンは、地面に拉致の証拠を落としていないか念入りに確認すると、暗い夜道を先に出発した。彼らが行くのはいつもの埠頭かそれとも山の中なのか、それは庄助たちには分からなかった。 「俺たちも帰るか」  ワウちゃんの頭を小脇に抱え、景虎は乗ってきた作業車のドアのロックを解除した。フロントバンパーは、追突したのか見事にへこんでいる。  着替えるのが面倒くさいのか、景虎の頭から下は白くてふわふわの着ぐるみのままだった。ワウちゃんの下半身には送風機がついているとはいえ、暑そうだと庄助は思った。

ともだちにシェアしよう!