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第三幕 十四、艱難、汝を✕✕にす⑫*
《昨日のあいだに連絡したかってんけど、夜中帰ってきてこれからまた仕事で……今しか無理やって、それで……あ、今大丈夫?》
電話越しの声は穏やかだが、少し疲れたように掠れている。ラジオのノイズのような、ジーという音が聞こえる。電波が悪そうだ、どこか外にいるのだろうか。
繋いだ手を振り払おうとした。が、景虎の折れた指のことを考えると怖くなってしまう。
庄助は景虎の顔を見た。顎で枕元のスマホを指す。話せと言っているのだろう。いやだと首を振った庄助の耳元に、景虎は口づけるように吹き込んだ。
「じゃあこのまま“兄ちゃん”に全部聞いてもらうか」
庄助はふるりと一つ震えると、折り曲げられて苦しい腹から、絞り出すように声を出した。
「う、うん。大丈夫、やけど。な、に……?」
《ちゃんと謝っとこう思て。変なこと言って、ほんまにごめん》
「べつに、気にしてな……いっン……」
《なんか子供の頃ぶりに庄助と一緒に寝たから、色々考えてもーて》
「寝っ!? いや、そんな……寝てはないやんっ、ひいっ」
《え、裸でぐーぐー寝てたやん……? じゃなくて、オレな。ちょっと今仕事でドツボハマってて……庄助の優しい言葉が辛かったねん》
「そっか、全然! ゆるす! つか、こちらこそごめ……ん! 今度ゆっくり話そっ……みぎゃあぁっ!」
《え! どうしたん、すごいパンパン音したけど》
「は、あっ……いいいま、布団を叩いてるねんっ! ぉ……っ!」
《こんな早くに!? まだ五時やで》
「やっヤクザの部屋住みはそんなもんやねんてっ、……う! あぐっ……」
《そっか、忙しいのにごめん。それだけ言いたかった。せや、今度庄助の勤めてる男の娘キャバに遊びに行くわ。いい?》
「うぎーっ……はぁ、ぅ……いい、いっン、あぁあ……はぃい……!」
《……庄助。最後にこれだけ。お前ほんまに……》
「あかん、もうぅ……ごめん兄ちゃん。また連絡するからぁっ! ばいばいっ! ばいば……」
景虎の指が通話終了のボタンに触れる。ツーツーという音が数回鳴り終わるまで、庄助は息も紡げなかった。
「……よく我慢したな。いいところばっかりえぐってやったのに」
「お前! お前お前っ! 兄ちゃんの電話でこんな……もう絶対に許さんからな、ぅああっ!?」
最奥を殴りつけるような衝撃に、庄助は声を上げた。高く抱えあげられた腰に、上から杭打ちピストンが叩きつけられる。景虎のザーメンしか口にしていない、ぺたんこの空きっ腹が一瞬、景虎のペニスの形にぼこっと膨らんだ気がして、庄助は青ざめた。
「それはこっちの台詞だろう。なんだ? 裸で寝たとか、男の娘キャバとか。説明しろ」
「ぁ゙っあ! や゙っ、やあぁ~~っ! ぢがうねんっ、んに゙っ、それイヤやあっ、あぐううっ!」
怒っている。もうずっと静流が何か言うたびに、じりじりと種火のような苛立ちを燻らせているのはわかっていた。けれど、今改めてその顔を見て、庄助は戦慄した。
「どうした。まだテストは続いてるだろう……もう手加減なしだ。死ぬなよ」
人相は、その人の背負った刺青に似てくるという話を思い出した。景虎の美しい顔は、今やその背中の般若そっくりだった。
「お゙……っ! 死ぬ、ほんまに死ぬって、死……! やっあ、あぅ゙っ、許してっ、や、ごべんなさっ、もうギブ! ギブギブ! ひぎぃいっ! 奥っグポグポすんのあがん゙っ、許してぇっ!」
白んでいるのは自分の意識かもしれない。
先ほどまでの甘い気持ちは吹き飛んで、庄助は出勤間際まで景虎に身体中をいじめ抜かれた。
汗が額から瞼に滴り落ちて、庄助は思い出した。静流にもらったピアスを失くしてしまったことを。
朝鳴きの蝉の声が、遠くに聞こえていた。
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