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第三幕 十五、凶猿(ましら)の告解①

 仔猿ちゃんにはちょっとしんどい話かもしれねェな。でも、あんたがうちの息子を大事に思ってくれてるなら聞いてほしいんだ。  ……とはいえ、何から話そうか。そういえば、こうやって二人で顔突き合わせて、じっくり話すのは初めてだァな。最初の顔合わせの時とはお前さんも顔つきがちょっと変わったよなァ。男っぷりが上がってる気がするぜ。    儂がハナちゃんと初めて会ったのは、あの子が働いてた飲み屋でな。  ハナちゃんってのは景虎の実の母親、遠藤小花(こはな)のことなんだけどよ。彼女は女手一つで景虎を育ててたよ。  あいつから多少聞いてるだろうけど、ハナちゃんはもうこの世にいない。  いいとこのお嬢さんだったんだぜ。親が両方堅い仕事の人でな、ちゃんとした大学にってンで、一人で地方から出てきたんだ。  景虎の母ちゃんはヤク中だった……ってのは聞いてるか。そうか。  きっかけはなんてことない、大学のサークルの悪い仲間からもらったクスリだったらしい。今の時代でもよくある話だろ。  小花ちゃんはそこでクスリの味を憶えた。でもまあ、それでもその時ァ学生だったしな。そんな頻繁には買えないし、悪いことだってあの子もわかってたからよ。好奇心で数回、ってとこだろう。  そのサークルの奴だか誰だかは知らねェが、ハナちゃんは在学中に誰かの子を妊娠しちまったんだ。それが景虎。妊娠が発覚した彼女は両親に勘当されたよ。景虎の父親の方は、認知もせず逃げたそうだ。  早めに気づいたから、堕ろすことだってできたらしい。でもな、ハナちゃんはそれをしなかった。  クスリなんかにハマって妊娠して、男に逃げられて両親にも見放されて、すっかり道を踏み外した。そんな自分にやり直すきっかけを、腹の子が与えてくれたんだと。だから生んで育ててやりたいんだと。  ……子供は何かを親に与えるために生まれてくるわけじゃねェのにな。でもまあ、彼女にはきっかけが必要だったんだろうな。  ハナちゃんにとって、どん底に差した光だったんだよ、景虎は。  大学を中退して、良くない人間関係もリセットしたハナちゃんは、すっぱりとクスリをやめたよ。やめられるってことは依存性の強くない、ハッパとかそんなものを嗜んでたのかもな。  とにかく予定日ギリギリまで働いて、一人で都内の病院で景虎を出産したんだと。やっぱ母親になった女は強ェなあなんて、男は無責任にも思っちまうよな。  産後、働きながら景虎を育てて、ハナちゃんは相当しんどかっただろう。周りに頼れる親も友達もいない中、仕事から帰ったら保育園に迎えに行って子供の世話だもんな。不安定になりながらも、彼女はなんとか耐えた。血の滲むような毎日だったろうよ。もちろん、耐えたのはハナちゃんだけでなく景虎もだけどな……。  そうやって二人で耐えてようやく、景虎は手がかからない小学生にまでなった。儂はちょうど、そのタイミングでハナちゃんに出会ったよ。  ハナちゃんは、水商売の女にしては擦れてなくて、気の利いたことは言わなくてもちゃんと話を聞いてくれるような、丁寧ないい子だったよ。  特別目立つ美人かと言われるとそうでもないが、一緒にいると落ち着く女だったな。景虎はあんなキレイな顔だが、そのへんは父親に似たのかもしれんな。

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