263 / 381
第三幕 十五、凶猿(ましら)の告解③
結論を言うと、ハナちゃんは儂に景虎を託して死んだよ。
雨が降り続いて、ジメジメした日だったのを憶えてる。忘れもしねェ、儂はあンとき……散髪屋でパンチパーマあててたんだ。雨なのに。今みたいにスマホじゃなくてパカパカの……こうやってアンテナを伸ばす、あの携帯が鳴ってよ。出るとあの子だった。
「景虎をお願いします。こんなこと、矢野さんにしか頼めません」って焦った様子でな。
確かに何度か、ミズタニと一緒に飲んだことはあったけどよ。そん時の儂には、相方のスケくらいの認識しかなかった。よっぽど、頼れる人がいなかったんだなァ。
ハナちゃんは、景虎と住んでるアパートの近くのマンションの屋上に侵入して、そこから落ちて死んだらしい。
サツは自殺だと断定したが、儂は違うと思う。そのマンションは、管理人もろともミズタニの息がかかってたからな……まあ、真実はわからん。
その後、手続きやらなんやらが立て込んで一年ほど遅れちまったが、儂はハナちゃんに言われた通り景虎を引き取りに行ったんだ。
児童養護施設で初めて見た景虎は、今じゃ考えられんくらいに痩せっぽちで背も小さかったんだぜ。まつ毛が長くて人形みたいで、景虎ってのは名前だけで、もしかしたら女なのかと思ったくらいだ。
ミズタニがどうなったかって?
あいつはな、儂が組長に直談判した甲斐もあって、組とは絶縁になったよ。そりゃそうだ。何の罪もないカタギの親子を、自分のところの商品で食い物にしたんだ。そんなこともあって儂は、先代から二代目を引き継ぐときに、薬物の売買は絶対禁止にしたんだ。
ハナちゃんに申し訳が立たんし、何より……実の親を殺した原因で儲けてる儂らの姿を、景虎だけには見せたくはなかったからな。
ミズタニは絶縁されてから、行方をくらませたよ。東京から出て行ったとか、しょっぱい犯罪で捕まったとかいう噂もあるが、真偽はわからねェ。ただ、間違いなく儂を恨んでるだろうなァ。
泣きそうな顔してんな。すまん。
別に儂ァ仔猿ちゃんにあいつを……景虎をかわいそうだと思ってほしいわけじゃねンだ。
変なやつだろ、あいつ。ぼーっとして、何考えてるかわからんのに、時々鋭くてよ。あんなでも、色々背負って、考えて生きてんだぜって。アンタにだけは知ってほしかったんだ。
……なんて、アンタはそんなことわかってるよな。詭弁だなって、手前 で言ってて思ったわ。こうやって話すことで、少しでも自分の気を楽にしたかっただけかもしれん。
儂はよ、この通りロクでもねえ。いい親をやってきた自信は全くねえ。どころか、あの子をヤクザにしちまったからよ。
景虎が本当に心から望むことを叶えてやりてェと、ずっと思ってるんだ。それだけやって死にてェと。
これから先、抗争になるかもしれん。景虎にはまた、嫌な仕事をしてもらうかもしれん。
仔猿ちゃん、あいつのことを頼む。
景虎の、安心できる場所になってやってくれ。
……話はこれでひとまず終わりだ。聞いてくれてありがとう。一人の人間として、アンタに礼を言わせてもらうよ。
曇ってきたな。雨が降る前に帰ったほうがよくねェか?
アンタに風邪でも引かせたら、あいつに嫌な顔されちまうからなァ。
ともだちにシェアしよう!

