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第三幕 十六、鍔際はそこに②

「あと、景虎を銃で襲った川濱組の手先と、庄助を攫った奴ら。この二つは繋がってるだろうね」  国枝は立てた二本の指を、もう一方の指でなぞった。 「え! そうなんですか?」 「おいおい……。車をパンクさせられた時、庄助は辮髪くんに『遠藤景虎の居場所を教える』って言われたんでしょ? それって、景虎が庄助の傍に居ないことを知ってないと成り立たない台詞じゃない?」 「あ! ホンマや! 国枝さんすごい、賢い! コナンくんみたいや!」 「コナンくんが泣いてるよ……いろんな意味で」  国枝は手酌で、空いたグラスに紹興酒を注いだ。ほんの少し()えたような、甘い香りがする。それに口をつけかけて、しかし一度グラスを置いてからゆっくりと話し始めた。 「景虎がこんな早くに庄助の元に戻ってくるのは、向こうにとって想定外だったんじゃないの? ほんとはクラブの襲撃の時点で、景虎を庄助のもとに帰らせる気はなかったのかも」  庄助は何か言おうとしたが、えびせんが上顎にねっとりと貼り付いて喋ることができなかったため、カフカフと間抜けな音を喉から漏らすことしかできなかった。その代わりに、景虎が答える。 「捕まえた男はインカムを着けていたにも関わらず、誰も助けに来ませんでした。劣勢を察して解散したのか、あるいは何かイレギュラーがあったのか……」 「いずれにせよ回復を待ってから彼にも、それから庄助たちが捕まえてきた子たちにも、引き続きお話聞かないとだね。骨が折れるなぁ……まあこっちが物理的に折るんだけど」  上手いこと言ってやったとばかりに国枝がケラケラ笑ったが、庄助も景虎も笑わなかった。 「あの、青い前髪の男って……」  水を飲んで落ち着いた庄助が、思い出したように口を挟んだ。 「ん? あの子たちは今、トキタくんが丁重におもてなし中だよ。千本ノックっていって、こう足の裏をね、フルスイングで……」 「あっあ、そうやなくて!」  バットを振りかぶる仕草を見せる国枝に、庄助はにわかに嫌そうな顔で話の腰を折った。トキタの体育会系仕込みの拷問は、話が通じなさそうなぶん下手すると国枝のものより怖いかもしれない。 「違うんです。あの青い、カチって呼ばれとった男の手とか足……向田さんに見せてもらった画像の人らと一緒のプツプツがあって。国枝さん見ました? なんか、病気でも流行っとるんかなって」 「あー、アレね。アレはドラッグの副作用だよ」 「ドラッグ……?」  予想外の答えに、庄助は丸い目をさらに丸くさせた。 「ドラッグのカクテル。要は、いけないクスリを混ぜ合わせたものなんだけど……庄助に調べてもらったでしょ。川濱組は、舎弟頭のタニガワを中心に、新しい配合の違法薬物のカクテルを、ウチのシマまで手を広げて売り捌いてる。外国人の売人と手を組んで、ね」 「あ、はい! なんか、あの変態ジジイ、そんなようなこと言うてた気がします」 「うん。で、その手足の斑点ってのは、薬物の摂取により血管が異常な速度で収縮を繰り返すことで、流れと圧に耐えきれず末端が破裂するっていう、そのクスリ独特の症状らしいんだよね」 「ん、うん……? はい!」  返事だけはいいが、あまりわかっていなさそうな庄助のアホ面を見て、国枝は肩をすくめた。 「そんなになっちゃうクスリだから、もちろん乱用すれば死に至るわけだけど……快楽の前にはどうでもよくなっちゃうんだろうね、きっと」 「……ようわからん世界や。死んでもーたら、楽しいのも気持ちいいのもなくなるのに」  言いながら庄助は、景虎の横顔を盗み見た。特段いつもと変わらない無表情だが、本当はあまり景虎の前でクスリの話はしたくなかった。

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