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第三幕 十六、鍔際はそこに④

 茶色い髪をゆるく巻いた、痩せた若い女だった。バーのような暗い店内をバックに、カメラ目線で笑っている。チューブトップにホットパンツを履いて、まるで海外の女性のような露出だ。 「あ! この子、タニガワのスマホに写ってた子……!」  彼女の胸の上、唇が舌を出したタトゥーには見覚えがあった。向田がタニガワのスマホを直撮りした、ハメ撮りの写真の一枚に映っていたものと同じだ。 「その子は誠凰会のシマで風俗嬢やってた子。少し前に件の『タイガー・リリー』の過剰摂取で死んで、山に捨てられたんだけど。ニュースにもなってたよ」 「えっ!? じゃあ川濱組に殺されたんですか!?」  そういえば老人ホームで、若い女の遺体が山に捨てられていたとか、そんなニュースを見た気がする。庄助はおぼろげな記憶を辿ったが、詳しくは思い出せなかった。 「川濱組には優秀な遺体処理係がいるから、それはなさそうだけどねえ。いずれにせよそこらの山に捨てるなんてのは、素人か余所者か……あるいはそれらに見せかけた“何かの意図”か」 「んええ……あの、もうすでに何が何だかわかってないんですけど、大丈夫ですか?」  情報の多さに頭がついていかないと焦る庄助に、国枝はゆったりと笑ってみせた。 「わかんないとこあったら後でまとめて質問していいよ~、景虎に」 「俺ですか……」  景虎は嫌そうに眉をひそめた。 「死んだ女の名前はセト。セトツグミさん。誠凰会のデータによると、彼女は日本人じゃないみたいだね。でも、風俗店の就労の際に提出してきた本人確認の書類では、ちゃんと日本人ってことになってる。書類自体には偽装の痕跡もない」  さっそくよくわからないが、国枝の話の腰を折るとこちらの指も折られそうなので、庄助は我慢して頭を縦に振るだけの相槌を打った。 「背乗(はいの)りですか」 「そうだね」  さすが、バカのくせに裏社会歴だけは長いから話が早い。景虎の言葉に、国枝は満足そうに頷いた。  背乗りとは、他人の身分や戸籍を乗っ取る事だ。不法滞在者や工作員が、その正体を隠すために死亡者や行方不明者などになりすますことが多い。 「なりすまされたセトツグミさん本人は、今どこにいるのか知らないけど、親がいなかったみたいだ。その戸籍を乗っ取ったのが、その唇の刺青の女だよ」 「不明者の戸籍を外国人にあてがうのは、何も珍しいことじゃないですしね」  珍しいやろアホ。そんななりすましがたびたびあってたまるか。庄助は思ったが、まだ黙っていた。 「セトツグミになりすましていた誰か……彼女は川濱組のタニガワの愛人だった。タニガワと繋がりつつ、こっちのシマの店で働いて、クスリの流通の手助けをしてたみたいだねえ」 「なるほど……だったら川濱組は、不法滞在の外国人の背乗りを斡旋する代わりに、彼らを売人として働かせていたのかもしれない」  庄助はよくわからないなりに、気味が悪かった。  違法薬物のオーバードーズで死んだ女と、それを売り捌く川濱組。繋がりがあると思われる謎の男たち、彼らの仲間の身体に浮かぶ『タイガー・リリー』の痕跡。  タイガー、ドラッグ、身体を売る一人の女の死。裏社会ではよくあることなのかもしれないが、矢野の話に聞いた景虎の過去のリバイバル上映のような奇妙な符合が、ゾワゾワと追い立ててくるようでなんとも気持ちが悪かった。 「まあ、でもわかんないことはとにかくさぁ。明らかに二人とも狙われてるみたいだから、ひとまず住処(ヤサ)を変えるのはどう? ビジホやマンスリーマンションに身を隠すのは、抗争中あるあるだからねえ」  話を変えるように明るく言った国枝に、庄助はついに裏返った声を出した。

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