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【番外編】庄助の有意義な休日⑨

《相方、俺のこと好きすぎなんですって! ネタも全部考えてくれるし、金も貸してくれるし、家の掃除もしてくれるんですよ》  店内のラジオから、男の声が聞こえる。昼間に見たテレビに出ていた漫才師の、相方の方だ。 「あ、ネギいる?」  カウンターの隣で、ラーメンを見つめるカゲに、九条ネギの輪切りの入ったガラスポットを手渡した。  この物価高の時代に、卓に備え付けの九条ネギ食べ放題というサービスをやってくれる、俺のお気に入りの個人ラーメン屋。ちなみに、ちょっと前までは替え玉一回まで無料やったけど、なくなってもーた。  カゲは、小さなトングでネギを二回くらい掴んで麺の上に乗せると、ポットをもとあった場所に戻した。 「庄助、ここ好きだな」 「ここめちゃよくない? 俺、シンプルな醤油ラーメン好きやし、本棚にこち亀全巻揃ってるの地味にアツない?」  東京に来てカゲの家に住んでから、近所で開拓したラーメン屋の、このちょっと古臭い感じが俺は好きだった。夜遅くまでやってるから、仕事の帰りにもよく寄っている。  煮干しと鶏ガラベースで脂分の少ない醤油ラーメンは、あったかくて塩っぽくて空きっ腹に優しい。 「親父に感謝しないとな。今日は、珍しい庄助の姿が見られた」  満足そうにそう呟いたカゲの横顔を、思い切り張り倒したくなる。 「珍獣の観察みたいに言うな」 「ハシビロコウが餌を捕る場面程度にはレアだったぞ」  あれから何度もヤってしまって、シャワーを浴びていたら結局夕方になってしまった……ってのは、わりといつものことやけど。  お互い身体はくたくたに疲れていたけど、逆にアドレナリンがドバドバ出ているような謎の高揚感があって、二人でわりとテンション高く飯を食いに出かけたのだった。 「親父さん、大丈夫なん?」 「問題ない。昨日飲みすぎたんだと」  そう言って、ほんの少し安堵したように、照れくさそうに笑う。  親父は本当の父親じゃないから。って、カゲはいつも寂しそうやけど、少なからず思うところがあるんやろなって。親子二人の積み重ねた歳月を思うと、胸が少しぽかぽかした。  半チャーハンお待たせしました。アルバイトのお兄ちゃんが勢いよく、目の前に二人分のそれを置いた。二人してしばらく黙々と、温かい麺と米を喰らう。 《え? もちろん俺も好きですよ! あいつが金なくなってネタ書けんようになったら……せめて家の掃除くらいはしたらんとあきません》  不公平だ! と、ラジオのMCはツッコミを入れるけれど、俺は別にそう思わなかった。  パートナーと同じだけの気持ちを持ち続けるとか、似たような温度で居るとか。理想的やけど、なかなか難しいよなって思う。  だって、俺らは日々を生きて、毎日心も身体も少しずつ変わってゆくもんやから。それでも俺は今、お前と一緒におるのが楽しい。 「なぁ、俺さ……さっき気づいたんやけど」  喉ごしのよい中太麺を飲み込んでから、俺はカゲの耳元で囁いた。 「オナニーより、チューがいっちゃん好きかも」  カゲは珍しく思い切りむせて、水をがぶ飲みしてから、目を白黒させて俺に向き直った。ええ気味や、自分ばっかりが意表をつく発言できると思うなよ。 「……それは、どういう意味だ?」 「別に? チューって一人ではできへんし。二人で分かち合うヨロコビってやつ?」  ラジオからは軽快な関西弁のトーク。天気予報によると、外は明日も晴れ。ラーメンはいつもと同じく美味いし、隣には……。  なんだかんだやっぱ、今日は最高の休日ではあるやん。 〈終〉 ※当作品は、創作BLウェブオンリー『関係性自論6』にて展示した作品です。

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