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第四幕 一、グッドフェロー・グッドバイ①

 早坂庄助(はやさかしょうすけ)は夏が好きだという。なぜなら、夏休みがあるから。  大人になって長期の休みがなくなっても、いまだにその感覚がよみがえってきてワクワクするから、夏が大好きなのだそうだ。  古いCDラジカセから流れてくる、プツプツと音質の悪い祭り囃子のノイジーさが、耳に心地良い。熱と熱が近く、他人の汗が触れそうな人いきれの緊張感や、宵の境内を茹でる子供たちの笑い声。  平時ならば不愉快にもなりえるそれらの感覚が、祭りという魔法にかけられて輝く。 「なあなあっ、あっちでくじ引きしよや。プレステファイブ当てて、新居に持ってこ!」 「……本気で当たると思ってるのか?」 「へへっ、当たりくじ入ってるかどうか、俺が的屋の闇を暴くねん。あと、チーズハットグとフルーツ飴も買う!」  庄助は子供のようにはしゃいでいる。  アパートを出る最後の思い出にと、庄助と遠藤景虎(えんどうかげとら)の二人は、近くの神社の夏祭りに出てきた。  昼間に連れ立って歩くと目立つからと、仮住まいのマンションが決まるまでの間、二人揃って外出することはほぼなかった。  しかし地元の祭りは夜だし、小規模とはいえ人混みに紛れるにはうってつけだろう、と庄助が景虎を誘ったのだ。  東京に住んどるんやから、一回夏祭りに行ってみたいだけや、と、なぜか何度も念押しして。  そうして、的屋の闇を暴くと言った舌の根も乾かぬうちに、一回三百円のくじ引きを三回やった庄助は、当たる気がしなさすぎて「もうやめる」とうんざり言った。  少し前に流行った、フルーツのパズルゲームのパチモノのアクリルキーホルダー。小さくてかわいい生き物を、ボンドでホイッスルの上にくっつけた用途不明の物体。うまい棒などが入った駄菓子セット。当たったものは以上。  ひどすぎる景品たちだが文句を言うわけにはいかず、隣の店でヤケのようにチーズハットグを食らった。口の中を火傷した庄助は、今度はスーパーボールすくいの屋台の店先に座り込んでいる。  慌ただしくちっともじっとしていない庄助は、のっそりと動く景虎とは、まるで別種の生き物のようだ。 「なあ、織原(ウチ)出店(でみせ)やらんの? こういうのってヤクザがやってんねやろ?」  水に浮かぶ色とりどりの球体が、庄助のまるい目の中に映っている。  ピンク色の持ち手をしたポイを慎重に水に浸けてゆく間に、庄助は景虎に質問した。大きめのスーパーボールに、着水で瞬時に弱った紙が触れる。 「織原は、的屋系じゃなく博徒系だ。元締めのルーツが違うからな。ウチではやらない」  ヤクザには、賭場の開催を主たる収入としている博徒系と、露天商である的屋系の二種類がある。親団体である『|関東馬頭會《かんとうめずかい》』のルーツは前者で、当然その流れを汲む織原も博徒系だ。  景虎は声をひそめるように説明しながら、昨晩庄助の耳の裏につけた密やかな噛み跡と、そこからタンクトップの襟元へ垂れる汗を、じっと見ている。 「ふーん……? そうなんや」  自分で聞いておいて、庄助はあまり興味なさげに生返事をした。 「上手いな、それ。ボールすくうの」 「せやろ? 小学校のときは、縁日荒らしの庄ちゃんって言われとってな……」  向こうの景色が透けそうなほど薄い紙をものともせず、庄助は手元の小さな器に次々とボールをすくってゆく。そのうちに、カラフルな球体に埋め尽くされてしまったアルミの器を見て、満足げに頷いた。店主はほんのりと嫌そうな態度だった。  いくつかのボールを透明な袋に入れてもらうと、別の面白そうな店を探しに歩き出す。小さな神社の境内は、様々な夜店と人でひしめき合って、芋の子を洗うようだ。

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