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第四幕 一、グッドフェロー・グッドバイ②

「つーかそれよぉ……余計目立つで」  背が高く、人混みから頭一つぶん飛び出ている景虎の目元を覆っているソレを、庄助は顎で指した。子供向け教育アニメに出てくる、虎の子供のお面。  顔を隠すのに丁度いい。景虎がそう言うから屋台で買ったものの、成人したちょっといい男が被っていると、なんの冗談なのかとすれ違う人が皆チラチラ見てくる。人混みに紛れる予定だったのに、これでは逆に目立ってしまっている。 「庄助のぶんも買えばよかったな」 「いらんわ」  目元と頬の刀疵を隠すように、斜めに被った面の下から景虎が笑ってみせる。ここのところずっと、暗く厳しい顔を見せていた景虎の、珍しく緩んだ優しげな表情に、庄助は思わずドギマギして、首を横に振った。  ……クソが。どうせやったらその無駄にかっこいい顔面、まるまる全部隠せよハゲ。    聞えよがしに、しまじろー可愛い~! などと、すれ違う女子が囃し立ててくる。祭りでテンションが上がっているのだろう。  それに対し、女に熱く見つめられるのは慣れていますから……とばかりに、全く気にしない景虎にも腹が立っていたので、歩きながら何度か脇腹を殴った。  一通り遊んで、近くの屋台でたこ焼きを買うと、二人で阿形の狛犬の裏手の石段に滑り込むように座った。  夜店の方は騒がしいが、たまたま知らずに座ったそこは穴場のようで、人目につきにくい。数メートル向こうの吽形の狛犬の足元では、同じく石段に座った高校生くらいの男女が、指を絡め合い楽しげに笑っている。  庄助は、彼らを横目でチラチラと見ながら割り箸を割ると、景虎の右手に渡した。 「食わせてくれないのか?」 「アホか、キショいな。持っといたるだけでもありがたく思え」  グラつきはなくなったものの、まだ景虎の左手は骨折中で不自由だ。少しくらい手伝ってやろうという気持ちで、景虎にたこ焼きのパックを差し出す。柔らかくほんのり温かい生地から、スパイシーなソースの香りがした。 「あーあ。明日引っ越しとか信じられん。なんで俺らが」 「俺のせいで、すまない」 「悪ないのに謝んの禁止。余計むかつくから」  庄助が口を尖らせるのを見て、景虎は笑う。 「すまん。ほら、庄助、口開けろ」  景虎はまた謝って、六つ入りのうちの一つを箸で半分に割り、庄助の口に持っていった。庄助は誰も自分たちを見ていないのを確認すると、少し戸惑ったように口を開いた。 「いや俺が食わされるんかい」 「箸が一膳しかないんだから仕方ないだろう」 「……まあ美味いからええけどよ。あ、俺さ、大阪人やけど、たこ焼きにはあんまりこだわってへんねん。だってカリカリもヘニョヘニョもどっちも美味いやん。でもキャベツが入っとるやつは許さへん。それをやったらお好み焼きとの境界線がなくなってまうやん」  立派な御託を捏ねながら咀嚼する。リアクションを見るに、熱くはないようだ。口の端に白い生地がぺとりとくっついている。  鳥の雛が芋虫を食べているみたいで可愛い。  景虎はそう言おうとしたが、いろんな意味で気持ち悪がられると思ったので、黙っていた。前までの彼なら迷わず口にしていただろうが、十回に一度ほどは、人の気持ちや一般的な価値観を一度吟味することもある。  そのように少し思案してから、景虎はぽつりと言った。 「なあ、庄助。こういうのって楽しいな」

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