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第四幕 一、グッドフェロー・グッドバイ④
「なあ。俺は、庄助といる時間が本当に楽しい。いつも感謝してる」
低く、真剣な声。追い立てるように喧しかったはずの篠笛の音が、遠くに聞こえていた。刺青を隠すためのオーバーサイズのシャツの袖から一筋、汗が流れ落ちて、庄助はそこに景虎の生命を見つける。
景虎の魂そのものがそこに在るようで、愛おしさがこみ上げてくる。夏のせいだろうか、顔が、熱い。胸が、痛い。
「なんやねん、急に……」
俺も楽しいと、そう素直に言葉にするだけのことが、どうしてこんなに困難なのだろう。キスもセックスも嫌になるほどしているのに、まだずっと、もっとドキドキする。
「あ」
景虎の顔がほんの一瞬近づいて離れた。
「ふふ、ソースの味がする」
「……最悪や、アホ。誰かに見られてたらどうすんねん」
庄助は顔を赤くして、手の甲で唇を押さえた。こんな賑やかな夜に、誰も自分たちを気にする人間はいない。溢れるほど人の多い場所で、世界で二人だけしか知らない触れるだけのキスをした。
端から見れば笑ってしまうだろう、柄の悪い男たちがこんなことを、人知れずしているなんて。けれどもう戻れない。庄助は、過去に戻りたいとも思わなかった。
だってもう、自分は景虎の隣に立っているのだから。
ギプスを巻いた景虎の左の手が、優しく髪に触れて、蒸すような外気よりずっと肌が熱くなる。
もう庄助にはわかってしまっている、自分の気持ちが。景虎の目の中に自分だけが映っていることが嬉しいというのは、そういうことだ。
「庄助はこんな状況でも、傍にいてくれるんだな……お前は俺の、大事な相棒だ」
「ふや……!?」
熱さと幸せでどうにかなりそうだった。他でもない景虎に、相棒と言ってもらえるなんて。
屋台の美味そうな食べ物の匂いや、出店の騒ぎはもはやはるか遠く、見つめてくる景虎の視線の鋭さに目眩がした。
「どうした、そんなアカエイの裏側みたいな顔して」
「エイ……? いや、ちゃうねん……あのな……俺な、ちゃんと頑張ろう思て。カゲと一緒にまたここのアパートに戻ってこられるように。俺らを狙っとる奴ら、さっさと見つけ出してボコって出世して、アパート丸ごとリノベーションすんねん。せや、オートロックもつけよや!」
両手を広げて一生懸命に、壮大な目標を語る庄助の姿に、景虎は苦笑した。
「……なあ、庄助を見込んで頼みたいことがある」
血管の浮いた大きな手のひらが、庄助の手を優しく包み込む。
どきりとして身じろいだせいで、膝の上に乗せていたスーパーボールの入った袋を、思わず取り落とした。
カラフルな球体が、石畳にばらばらと弾み、転がる。一瞬のうちに遠くまで行って誰かの足に蹴られて飛んでいき、もう戻らない。足元のボールをいくつか拾い上げて、庄助は嘆息した。
「あ……」
景虎が、庄助の手首を掴んだ。指先でつまんでいたラメの入った透明のボールが、キラキラと光る。
「俺を信じてくれるか?」
夜に隠された積乱雲が溶けて形を崩し、たちまちそれは激しい雨になる。
ゲリラ豪雨に降られて祭りの灯りは、はやばやと消えてしまった。
夏は、とうに盛りだ。
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