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第四幕 三、毒を喰らわば④

「さっき入りたての新鮮なネタだ。週末、川濱のシマにある『ゾンビーズ・ハイウェイ』ってクラブで、でっかいイベントをやるんだってよ。そこで、ヤクの取引きがある。川濱と、川濱に卸してる業者のだ」  向田のその言葉に、また騙されるのではないかと、庄助は身体を少し強張らせた。 「それ……確かな情報なんですか? どこ情報ですか?」 「ウチのキャストのらむねちゃんだ。知らねえか? 元大学ラグビーの、身体のデカい……。らむねちゃんは男同士で、いわゆるキメセクやるのが好きでよ。そういうのに詳しいんだよな」  キャストとはあまり話したことはなかったが、なるほど、男同士でセックスしている人間はいるところにはいるんだな。  庄助は、ドレスがかわいそうなほどの大きな胸筋を持つらむねちゃんという男の娘を思い出すと、彼に少し親近感を覚えた。キメセクには全く賛同できないが。 「川濱組は、大陸系の組織からドラッグを買いつけてるんだ。おそらく今回の取り引きは、値段交渉の場だな。簡単に言えば、あんさんとこからようけ買うからまけてーな、って話だ。大きな金の動くことだ、ある程度の格の人間同士が顔つき合わせるんじゃねえかと踏んでる」 「幹部クラス……的な?」 「そう、ユニバーサルインテリア(おまえら)が今まで捕まえて拷問した“使い捨て”よりは、ランク上の、な。それこそ、タニガワが出て来るかもな」  タニガワと聞いて鳥肌が立った。この店でキャストに扮した庄助の尻を撫で回し、下着まで持って帰った変態ジジイの顔を思い出した。  タニガワは変態だが、川濱組の舎弟頭だ。織原のシマで自分のところの薬物を売り捌いているらしい。 「つーかそれ、国枝さんにハナシ上げてないんすか……?」 「あぁ? 教える筋合いあるか? 俺は直属の部下でもねえし、第一お前らが嫌いなのによ」  もっともではあった。同じ織原組といえど、一枚岩ではない。自分の歯を抜いていたぶった人間たちに、恐怖から従いこそすれ、進んで協力してやろうとは思わないだろう。向田ほど懲りない男ならなおさらだ。  庄助は涙を拭うと、顔を上げた。 「そっか……向田さんとこで止まってる情報なんや。せやったら、俺がそこ行って取引の動かぬ証拠を掴んで、そんで川濱組と売人をボコボコにしたらいいですか? クスリを売るな! つって」 「……お前、脳みそちゃんと入ってるか? 違うだろ、遠藤を出し抜くために情報を得るのが先だろ? なら、使えるもん使えば? って言いてえんだよ、俺は」  ふう、と吐く加熱式タバコの水蒸気の臭いに顔をしかめる庄助の前に、向田はスマートフォンの画面を差し出した。  見覚えがある。紫色の猫型のシリコンカバーをつけたそれは、事務所から支給されたトバシのスマホだった。 「俺が置いてったやつや! 充電しとってくれたんですね」 「そこじゃねえだろ」  向田は庄助の頭を軽く叩いた。  色気もへったくれもない、ラインのデフォルトのチャット画面が表示されている。庄助は、涙に濡れた目をまた擦って、じっと画面を見た。 《しょこらチャン、オハヨー! この前は、酔っ払っちゃって、メンゴメンゴ(⁠T⁠T⁠) 可愛い子が隣にいると、お酒がススム君だナア!? ナンチテ(⁠^⁠^⁠) よかったら、ご飯食べに行きませんか。お寿司好きカナ? お肉のほうがいい? 同伴でもいいけど、よかったらお店関係なくデートしたいナア(⁠f^⁠^⁠;) 》  このタイミングで見せてくるから、てっきりヤクの取引に関するメッセージかと思っていたのに、表示されたのはコテコテのおじさん構文だった。  あまりのおぞましさに、心を覆っていた悲しさも吹き飛んでしまった。  背筋が凍るようなメッセージの差出人は、あのタニガワだ。 「ハメ撮り変態野郎にお願いしてみたらどうだ? タニガワさんとこのおクスリ、使ってみたいです♡ とでも言ってみれば、案外取り引き現場まで連れてってくれるかもしれねえぜ」 「はぁ!? そ、そんなん言うて、ほんまに使われてもーたらどうすんねん!」  思わず、向田の顔を見てしまった。予想通り、人を嘲るような笑い方をしていて、逆に安心する。 「俺は別にいいんだぜ。お前が置いていかれて泣いてようが遠藤が野垂れ死のうが、どっちかっつーとざまあみろって感じだよ。でもよ、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ」  向田は庄助の手にスマホを握らせると、肩をポンと一回、励ますように叩いた。 「認められたかったら結果出せ、命令なんか聞かなくていいんだよ。せっかく悪の組織にいるんだ、悪さを発揮しなきゃ損だろ」

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