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第四幕 四、くびきのもとに①

 プロレスラーや相撲取りなど、アスリートならいざ知らず、身長も含め自分より身体が大きな人間は、日本人ではそういない。ヤクザ組織という、暴力が横行している組織においてもなお、周りの大体の人間は自分より小さくて弱い。  それが身体の大きな男に生まれることだと、景虎は今まで生きてきて、身を持って知っている。  今、目の前でパンケーキを貪っている男は、景虎より身長も体格も大きな男だった。  巨躯を屈めて着席し、屈強な前腕の先にある太い指でナイフとフォークをつまんで持ち上げるさまは、ミニチュアで遊んでいる子供のようにも見える。 「商品名とかで、無限ナントカってネーミングあるじゃない、昨今。ピーマンとかキャベツとか。正直、パンケーキのベーコンとシロップの組み合わせの足元にも及ばないよ。野菜が美味さで脂質と糖分に勝てるわきゃないんだからさ。草なんてみんな我慢して食べてるだけで、本当は嫌なんだよ。つまり、無限ナントカなんて、比較的野菜をマシに食べられる調理方法でしかないわけで……」  ベラベラと早口でしゃべりながら、大男がナイフで分厚い生地を両断する。毛羽立った断面を粘性の、見るからに甘い琥珀色のシロップが伝い落ちてゆく。彼は、自らを化野千尋(あだしのちひろ)と名乗ったが、本名かどうかはわからない。  八王子のインターチェンジを下りてしばらく走ったアメリカンダイナーに、景虎はいた。化野と静流の三人という、奇妙な組み合わせで。 「遠藤くんは野菜好き? 僕は嫌いだ。この歳までろくに食べたことないけど、健康だよ」  化野は、人懐こい笑顔を向かいに座る景虎に見せた。顎や頬に生やした無精髭に、こぼれたパンケーキの生地がくっついている。 「……本題に入ってくれないか。俺は、食い物の話をするためにここにいるわけじゃない」  景虎の目の前の皿には、パティやトマトがふんだんに挟まったハンバーガーが置かれている。  頂点に旗の立ったハンバーガーは高さがあり、いくら大きな口を開けたとしてもうまく食べられないだろう。かといって食べやすいようにギュッと潰せば、分厚いトマトの汁が流れ出てしまう。景虎は食べ方が分からず、内心困っていた。  こんなとき庄助が隣にいれば、食べ方を教えてくれるのに。お前はそんなことも知らんのかい、なんて言って。それで、自分のハンバーガーに入っているトマトを、俺に押し付けてくるんだ。  嫌いなら最初からトマト抜きにすればいいのに、店員にそれを伝えるのは好き嫌いのある子供みたいで恥ずかしいらしい。  バカだ、可愛い、抱きしめたい。鼻の頭に噛みついて叱られたい。でも、ここにその可愛い庄助はいない。絶望だ、喜びがない。  出会ってからというもの、さすがに片時も離れずというわけではないが、ずっと一緒に暮らしてきた庄助がいない。自分が選んだこととは言え、景虎は寂しかった。悲しかった。何も教えずに出てきてしまい、不安にさせているだろうか。  理由があるのだ。静流が庄助をいたぶった奴らの仲間と通じていることを知って、悲しませたくない。  その他にも、色々と。今はまだ言えないことがある。 「良かったらナイフとフォーク、使います?」  隣に座る静流が、シルバーを手渡してくる。柔らかに微笑むその顔すら、なんだか小馬鹿にしているのかと考えてしまう。  大きめのため息をつき、それを受け取る。バンズから順にナイフを差し込んでゆくが、結局上部に位置するトマトがうまく切れずに潰れ、断面から赤い汁ばかりが漏れた。

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