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第四幕 四、くびきのもとに②

「化野さんもそれ食べたら、ちゃんと話しましょう。遠藤さんは忙しいお人なんやから。なんせ泣く子も黙る織原の虎やからね」  静流は嫌味のように言った。庄助以外の人間にあまり興味がない景虎だが、数日間一緒に居てこれだけははっきりと言える。  静流が嫌いだ、と。  根本的に合わないのだ。冗談のタイミングも見透かすような話し方も、たまに吐く毒も。それら全ては計算ずくで、まるでよくできたAIと話しているようだった。  庄助はこいつの何がそんなにいいのだろう。もしかして、顔がよければ何でもいいのか?  景虎は疑念を抱いた。 「いんや~話すことで仲良くなれば、スムーズにいくこともあるからねぇ。とはいえ、遠藤くんにその気がないなら、無理強いしちゃあ逆効果かな。ところで、シズくんは、嫌いな野菜はなんだい?」 「ボクはとうもろこしですね。歯に挟まってムカつくから。ねえ化野さん、ヒゲにシロップついてるよ」 「ああ、それは……よくない。拭いてくれると助かる」  静流は甲斐甲斐しく、化野の無精髭をおしぼりで拭っている。その様は、夫婦(めおと)のようにも親子のようにも見えた。  この二人の関係は、いったい何なのだろう。静流は景虎と同年代だが、化野はおそらく親世代といっても差し支えない。ボサボサの長い前髪の被さった目元はよく見えず、本当の年齢を推し測ることはできないが、五十代くらいの見た目をしている。  子供のように口を拭かれ世話をされた化野は、大きな口でパンケーキの最後の一切れを食べきってしまうと、じっくりと咀嚼し、名残惜しそうに嚥下した。髭のぽつぽつと続く喉元、ゴツい喉仏が上下する。 「あー、チラッと言ったけども、僕は探偵というかコンサルタントをやってるんだよね。んでちょっと、ずっと追ってたヤマっちゅーの? それが今回その、遠藤くんらが追ってる? 追われてる? 件に関係してんじゃないかしらと。そしたらじゃあ、協力したほうがいいんでないの? ってね」  そう息を継ぐ間もなくまくし立てると、水のグラスを引っ掴んで一気に飲み干す。大きな手に掴まれたグラスは、キングコングに食われる哀れな人間のように見えた。 「俺はあんたらを信用してない」 「いひひっ。結婚するわけじゃなし、信用なんてなくて大丈夫。お互い腹を探り探り、これは話していいやつかな? 違うかな? って、有益な情報を出し合っていこうじゃない。織原の虎に協力してもらうんだ、報酬はこちらがお支払いします。どうかな?」  化野は引き笑いをして、口角の上がった口元から白い歯を見せた。  こんな、正体のわからない人間たちに縋らなくてはいけない事態が、景虎は苛立たしかった。  狙われるのが自分一人であればいくらでも待って、近づいてきた相手の喉笛を食いちぎってやるものを。庄助を守りながらでは、それもなかなか難しい。  景虎は内心焦っていた。  知り得た情報全てを国枝に報告しているわけではないが、彼は目端が利く。静流が怪しい立ち位置なのは国枝もすでにわかっているだろうし、そうなれば庄助があらぬ疑いをかけられるのも時間の問題だ。  この一連の抗争の裏で糸を引いている人物を、速やかに見つけて引っ張り出さなくてはいけなかった。 「利害が一致するなら、協力する」 「ありがとう。じゃあ、これはまず僕の切るカードなんだけど。遠藤くんは元織原組の“ミズタニ”って男を知ってる?」  化野は、フォークの先で残ったサラダのレタスやトマトを、皿の隅に追いやった。彼の口からその名前が出てきたことに少し驚くも、なるほど話が早そうだと景虎は思った。少なくとも静流よりは厭な感じはしない。何故だかはわからないが。  景虎はすでに理解している。一連の出来事は、自分の過去に起因するものなのだと。それが、愛する庄助を危険に巻き込んでいることも。

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